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怖い外見の判断

最近やたら凶悪な犯罪が起きているような気がします。先日も姿無き殺人で何となくミステリアスな感じの事件が有り、果たして犯人が見付かるのだろうかと思いましたが、でも案外早く逮捕されたようです。日本の警察に敬意を表すべきなのでしょう。

最近は自分の身内を殺して、平気で被害者のように振る舞う人間がいるから、どこまで信じて良いものかと疑心暗鬼になっています。こんな事を言うのはどうかと思いますが、被害者の顔がすこし恐い顔だと、内心ちょっとだけ「ひょっとして此の人が犯人かも」と疑ったりすることが有ります。

犯人が捕まって顔写真が出てるのを見ても凶悪犯の顔をしていないし、近所の聞き込みでも「良い人ですよ」と評判も悪くありません。ハンサムだったり美人だったりと、犯罪を犯すような顔をしていないから困ります。こうなると人は見掛けで判断してはいけないと言う事なのでしょう。

取り敢えず顔は其の人を知る看板だと勝手に思っていました。人の心の内まで知るのは親子は勿論の事、夫婦でさえも難しいと思います。最近の犯罪も多岐に渡り犯人を捕まえるのが大変な時代になっているようです。たとえ外見が悪くとも善良な人が居ると言う事を心に留めて、これからもお付き合いして行きたいと思います。
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お年玉を巡って

昨日ヨドバシで孫の少年が自分の好きなCDを探して「これが欲しかった」と言いながら選りだしました。「ひょっとして私に買わそうとしてる?」と言えば、肯定も否定もせずに顔は笑っています。「わかった、お年玉の代わりに買ったげる」すると慌てて「そんならいらんわ」と言いながら元の棚に戻しました。

お年玉より安い物で誤魔化されてなるものかと思ったのでしょう。おば〜さんはそんなに甘くは有りません。此処からが二人の攻防です。私から条件を出しました。「お年玉の一部先渡しと言う事でどうかな?」と言えば、にっこり笑って納得したのでしょう、三千円ちょっとのCDを手にして支払い場に向かいました。

少年の欲しい物はこれだけでは済まないようで、ガラスケースに入った直径15?くらいの楕円形で音楽に合わせて動き回る物体を見て「わ〜これ買いたい」ってじっと見つめて離れようとしません。値札を見れば四万円近くです。「みんなに貰うお年玉で買えば?」と言うと「貰える人数が少ないからな〜」と、暫く考え込んでから「やっぱりいらんわ」と溜息混じりに諦めたようです。きっと他にも欲しい物が有り、予算オーバーだったのでしょう。

お年玉と言えば昔は子供が沢山居て、お正月が来ると喜び勇んで親戚周りをしました。大人達には良い迷惑だったと思いますが、子供達は一年一度のチャンスとばかり集金に励みます。日頃自分の欲しかった物が買えるのですから、少々嫌いな叔父さん、小母さんでも訪ねて行ったものです。

もうすぐお正月だと思うと今更ながらドキッとしています。又ハネが生えたように飛んで行くお札を恨めしげに見送る日が迫って来ているからです。それでも孫達が期待して胸算用しながら待っている顔が見られるだけで満足する事にしましょう。
梅田の三番街へ

テキが食べたいと言う私の願いを受け入れて下さり、今日梅田の三番街へ息子の奥さんに連れられて、孫の高校生と中学生の四人連れでて行って来ました。流石に土曜日ともなれば、多くの人が行き交っています。平日とは大違いです。これでなきゃ〜梅田じゃないもんと思いながら、心地良い人並みに揉まれて目差す鉄板焼きのお店に向かいました。

鉄板のテーブルが点在する内の一つに座ります。椅子が六客、鉄板をを囲んで、向こう側にコック姿の人が立ち、包丁とコテを持ってコンニャクとかジャガイモを切り分け、アスパラと海老等にコショウと塩を振りかけながら焼いていきます。横に分厚いヘレ肉が置いて有り「焼き方はどうしましょう」と聞かれ「ミディアムで」とアホの一つ覚えの焼き方をお願いしました。

別におみそ汁に御飯とサラダ、スパゲティにおつけ物が出てきます。待望のお肉は最後に食べやすく切り分けてくれました。かなり分厚いと思ったお肉が焼き上がれば平べったくちぢんでるのがちょっと悲しかったかな?。お肉はヘレよりもやっぱりこってりとしたロースが良いですね。「今度は焼き肉に連れて行って」とおねだりしました。今問題になっている誰かさんの奥方みたいにね。

ヨドバシで携帯を選んでもらい、いよいよ持たせてもらう事になるようです。序でに上階に上がり、先日メガネを注文したのが出来てたらと思えば、預けてあったメガネのフレームを壊したから店の中の好きなフレームを選んで下さいと言われました。何気にお店を覗きに来て良かったです。

昨夜は思い掛けない電話で、テキを食べに行こうと誘って頂いて、孫達との会話が持て、とても良い一日を過ごす事が出来て本当に嬉しく思いました。お出掛けは一人より四人ぐらいが丁度良いようです。時々逢う孫達の成長を見るのも楽しみの一つと言えるでしょう。滅多に行かない三番街ですが、とっても良い地下街です。
早っ、カレンダーが12月

寒い寒いとぼやいていた冬も終わり、一息付く暇も無くと思うほどに、光陰矢の如く早く過ぎて行きます。此の夏の猛暑と言えば又うんざりするくらいだったし、やっと涼しくなりホッとする間も無い内に又寒い冬がやって来ると言う一年の経つのが何と早い事、十二枚有るカレンダーが残すところ後一枚になりました。

先日、毎年頂いている或る会社のカレンダーに来年、一年の決まった行事の予定を書き込みながら、去年も此の作業をしてたっけと、まるで昨日の事のように思い出されて、年々月日が早く通り過ぎて行くような感じがしています。一月からのカレンダーの書き込みを見ながら色んな出来事を思い返すのも結構楽しいものです。

今年一番の想い出は何と言っても、歌にも唄われている憧れのハワイ旅行に行けた事だと思います。私の人生そろそろ先が見えてきたので、歩ける内に、食べられる時に、生きてる間にとやたら焦っているのです。果たして来年もこんなことが言って居られるかどうかが問題です。何しろタイムリミットのようですから。明日は梅田の十二月を孫達と共に、御馳走を食べながら観察してくることにしましょう。
韓国・済州島の話

韓国の済州島{ちぇじゅとう}は別名、三多島{さんたとう}とも言うそうです。風、石、女の代名詞のような島なのでしょう。火山の溶岩で出来た島は、韓国、日本、中国の中間に位置して、常に風が吹き荒れてやせた島です。でも豊かな海の幸に恵まれて、魚貝類が多くとれる島でも有ります。島に上がるとトルハルバン{石で出来たお爺さんの像}の像があちこちに有りますが、これは歴史的に他国からの侵略を受けたので、守り神として置かれているようです。

モンゴルに攻められた時は100年も支配されていたことも有り、1930年代は日本に支配されていましたが、これは中国を攻める時の要塞とする為だったようです。1950年は北朝鮮と南北戦争が7年も続きました。

かっては流刑地として島の人はさげすまれていた時も有りましたが、今は海で海女さんがさざえや、ウニを獲ります。島民が誇るチョランマルと言う小型の馬が居ますが、モンゴルから持ち込まれた馬とかけ合わせて出来た馬です。1986年に天然記念物になり大切にされています。競馬も盛んで身体も小さくて足も短いけど島にとって、大切な馬だと言っていました。

ハルラ山も溶岩で出来た山です。山道がごろごろとしてとても歩き難そうです。先日見ていた「私の名前はキム・サムスン」と言うドラマの中に出て来た山で、何故か懐かしく感じました。頂上が雲の上に突き出た山で、登山には風が強くて厳しい感じの山のように思います。願わくば一度訪れたい島です。
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プロフィール

HN:
M子
年齢:
94
HP:
性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
DVD観賞
自己紹介:
05年10月10日から09年8月17日にかけての旧「M子のお花畑」の保管庫。
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