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旧ブログのログです
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未だに思い出すとむかつく事があります。一つは十年くらい前の出来事です。姉の年金を?万円札や千円札に百円硬貨等と額面に合わせて言われた通りに取り揃えて持って行った時の事で、袋から出したら千円札は目に入るのに一万円が見えなくて袋の中を見ても無いのです。家で何回も確認して持ってきた筈なのにと、其の時姉の一言にキズ付いて、もし私が無くしたんだったら自腹で弁償するから此の年金の配達はもう勘弁して欲しいと心底から思いました。
偉そうに「ちゃんと見たの?良くその辺を探してごらん」と言われて、お金をばらけて入れるバカは居ないだろうと内心反発しながら、でも言われるが侭に右往左往して探しました。結局は最初に手渡した時に姉がざっと見て袋に戻したときに満札が千円札の間に入ったようです。その時は私なりに神経を使って揃えて行ったのにと凄く悔しくて泣く思いをしました。袋から千円札を全部出して一万円札が見えた時には正直ホッとした覚えがあります。 今度はつい最近のことです。八万円分を千円札で持ってきてと言われて十枚づつの束に分けて見やすいようにして持っていきました。姉が袋から出して束になっていないお札を数え始めたのを横で見て居た私もオヤッと思ったのが、束で無くバラだったからです。持ってくる迄に間違いが無いかと何遍も確認してるのにと、袋の中を覗いたら束にしていたお札が引っかかって残っています。其れを見て姉も安心したのか勘定する手を止めました。 目の前で数え始めたと言うことは、一瞬でも私が疑われたんだと何とも遣りきれない思いです。この際だからと「買い物を頼まれた時にカードで出して買っといてと言われても一円も使ったことが無いし、出金の明細書もちゃんと見てね」と言いました。郵便局の出金明細書もその度にちゃんと渡していますから。「信用が出来る人だから」と口先で言うくせに、人から信用されることなんて本当は難しいことなんだと思い知らされると同時に情けなくて悔しさだけが残ります。是は姉に直接言えない愚痴です。 PR ご無沙汰して居た知人に電話をした時のことです。返ってきた言葉の中で「一度お宅に遊びに行かせて頂こうと思っています」と言われ「駄目です来ないで下さい」と慌てて即答していました。相手は私が遠い所を訪ねて行くのに対して気を使っての事のようですが、幾ら遠くても私は平気です。世の中には何時でもどうぞと迎えてくれる人も居れば、私みたいに来客を異常な程に拒む人間も居ます。
私の若い頃の我が家にも人の出入りが其れなりに、それを苦にしなかった時期も有りましたが、何時のころからか接客が面倒に感じるようになりました。今では身内の者が来るのでさえ気が重くなっています。此の性格は何処から来てるんだろうと考えてみたら、是は子供の頃からの育ち方に有るようです。母も私と同じでお友達が居ない孤独な日々を送っていたのを見ながらの日常生活で社交性に乏しく成長したのが根底に有るようです。 私も結婚を境に一時期は子供関係で親同士がお友達になり少しは社交性が芽生えたと思われたのに、やはり根底に根付いた性格までは変えられ無かったような気がします。言うなれば友達付き合いが悪いのでは無くて、只自宅にお客を招く習性に乏しいと言うことですが、残念ながら似ないで欲しい親の悪い所を子供達がしっかり受け継いで来客を好まない大人に育ったようです。結論は世の中に出て社交性に乏しい人は損をするような気がします。 ぼんやりとテレビを見ていた時です。何かが視界に入って来たような気がして、ふと外に目をやるとガラス戸越しに桜の花びらがまるで蝶が舞うかのような感じで舞い上がって来るさまはとても幻想的な眺めです。風が吹いている様子もないのにと暫くうっとりと見て居ましたが、いっときが過ぎると何事も無かったように眼下に咲き誇る満開の桜は静かに立っています。
思いっ切り舞った花びらが何時ものように我が家のベランダに舞い降りて来ました。確かに見てる分には舞い上がる花びらの様子はとても綺麗で見ほれますが、ベランダに入って来るなと思ってもお構いなしにまるで舞い疲れたようにして落ちて来るのを避ける事が出来ません。地面にへばりつく花びらに毎年悩まされて居るのは私だけでは無さそうで、後の掃除の大変なのが悩みの種になりそうです。 確かにお花の盛りは見ていて厭きないし人の心を和ませてくれます。でも汚く枯れて行く物も有れば桜の花のように、いさぎよく綺麗に散る花も有りで、只花の散った周辺が汚ならしげになるのが困りものです。生命の有る物全般に言える事ですが、引き際が肝心な気がして、人間も綺麗に去って行く人も居れば、多くの問題を起こしながら汚く終わる人も居ると言う、花の終わりを見ながら学ぶところが多く有るような気がして居ます。 スーパーの前でばったりと近所の商店主の奥さんと出会いました。「や〜久しぶりやね、どないしてはったん?」と私、「白内障の手術で一週間ほど入院してたんやわ〜」と「白内障の手術しはったんやったら良く見えるようになったんと違う?」「そうですねん、メガネ無しでもよう見えるようになりましたわ」「そら良かったね」から始まって、お客さんからの質問に細かい字が見え難くて説明するのが大変だったと言うお話でした。
「序でに両目の手術をしてもろてね」と聞いた時はちょっとビックリしましたが、それも有りかと妙に納得している自分が居ます。以前から白内障の手術をしたらメガネ無しで良く見えるようになったと言う話は聞いて知っていました。年齢が私よりも2歳ほど若い方ですが「先が短いけど生きてる限りはよう見えてもらわんとね」と笑いながらの会話です。確かにお互い残された時間はあと僅かだと分かっちゃ居るけど、ほんの少しでも快適に過ごしたいと言う気持ちが伝わってきます。 最近は顔が見えないと思うと、人伝に亡くなったと聞くことが多くなり、手術をしても元気な顔が見られるだけで心から良かったと安堵しています。年齢の順番通りに死ねば良いけど何故か若い人の短命なのが気になるところです。年寄りは暇で時間が有るからお仕事のように病院に日参して病知らずなんだと思います。若い人達は自分の躰を過信し過ぎて病を見落としているようで何だか恐い気がしますが、健康診断は絶対に受けて欲しいと願いたいです。 今日は檜{ひのき}の花粉が多く飛びますと言う予報に逆らうようにして京都の姉の処に行ってきました。台湾旅行のお土産におこわ弁当や果物等とショッピングカーに溢れるくらいの荷物です。何しろ道のりが有るので先方に辿り着いた時には汗ぐっしょりになっています。姉も通販で買った珍しい物を用意していて玄関先で何時ものようにお互いの商品の説明を加えながら物々交換です。
お弁当を食べながら難聴の姉に手の平に字を書いてのお喋りが始まります。何か視線を感じてふと見れば出窓に置かれた箱の上で此方を睨み付けている、決して他人を寄せ付けない例の怖い猫です。ペットの犬はふすまの向こうの薄暗い部屋に閉じ込まれて居る気配がしますが可哀想な姿を見るのに忍びなくて顔を見る事もなく帰ってきました。犬は誰にでも愛想を振りまきますが、猫は絶対に自分のテリトリーに入る事を許さないようです。 物々交換の中身には煎茶とか、缶詰めのポテトサラダに色んな具が入った物などで非常食には最適な物のようですが、その他にお菓子類も有りました。帰宅してホッと一息付いた頃に郵便局から荷物が届けられます。親戚からの贈り物で中を開けて見るとモナカの中に具の入った熱湯を掛けるとお吸い物になる物や洋菓子と煎茶等が出てきました。確かに私は煎茶が好きですが、でも先日からあちこちの人から沢山の煎茶を頂いて少々持て余し気味になって居て、重なる時は重なる物だと驚きました。茶腹もいっときと言いますから口寂しくなったら固形物の代わりにお茶で誤魔化せと言うことだと思う事にします。 | カレンダー
プロフィール
HN:
M子
年齢:
94
HP:
性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
DVD観賞
自己紹介:
05年10月10日から09年8月17日にかけての旧「M子のお花畑」の保管庫。
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