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旧ブログのログです
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韓国の道路はタバコの吸い殻がいっぱい落ちていて何となく汚らしい感じがしました。
兎に角階段が多かったので、これは足の不自由な人には少し厳しくて大変だな感じたのです。 向かい側に行こうと思えば地下道を抜けなければならず、その階段の片側に上から下迄商品が陳列して並べて売っているのには少なからず驚きました。 さすがにパチンコ屋は見掛ける事はなかったし、喫茶店もあまり目に付きませんでした。 道路の真ん中で簡単な台で商売をして其れでなくても道幅が削られて、そこを人々が大勢歩いてるのに、当たり前のように車が通って行くのです、大阪では車が横切る事はあっても人波に添って決して走らないと言うか、車が人波と共に通行などする事は不可能でしょう、例えば心斎橋筋を難波に向けて人だけでも歩きにくい所を車が走るようなもので、これもお国柄なんだって変に納得したのです。 地下鉄は相当深くてこれはエスカレーターが上下とも付いていたから助かりました。 改札を通る時は丸い棒を躰で押して入るのです。 椅子の座り心地は少し堅くて快適とは言いにくい感じです。 やはり同じ民族と言う事で、喋らなければ何処の国の人間か見分ける事が出来ないって事がわかりました。 道路で食べながら歩きましたが、大概観光客だけではなかったかと思います。 ドラマで見たテント張りの屋台が、此処で男性がお酒を呑んだりおでんを食べたり、日本で言う一杯飲み屋があちこちに見掛けられたのです。 いよいよ帰る朝となり、迎えの車に乗り出発です。 ガイドさんの顔を立て、キムチ屋さんに寄りお土産のキムチを仕入れ、いざ空港へ出国の手続きを済ませ此の国での最後の昼食です。 サンドウィッチ、野菜サラダ、コーヒー等で腹ごしらえをして、これで換金したウオンは綺麗さっぱり使い果たし韓国とお別れです。 飛行機の座席が翼の場所だったのと曇ってた関係で視界は雲ばかりでちょっぴりがっかりでした。 気圧が災いしたのでしょう耳がおかしくなったので鼻をつまんで息を耳に通すとピーっと音がします。 時間を置いて三度ほど繰り返したら治ったようです。 空港からバスに乗った時、同行の皆さんが手を振ってお見送りをして下さいました。 今度の旅はリーダーの部長さんがプランを立てて引っ張って下さり、K子さんがM子の迷子防止につとめて下さって、ムクちゃんは足の遅い私を庇ってくれて皆さんのサポートのお陰で楽しい旅が実現出来たと思います。 本当に良い方達に巡り会えた事に感謝の念でいっぱいです。 同行して頂いた方々、本当に有り難う御座いました。 しみじみと生きてて良かったって思ってます。 PR コメントを投稿する
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プロフィール
HN:
M子
年齢:
94
HP:
性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
DVD観賞
自己紹介:
05年10月10日から09年8月17日にかけての旧「M子のお花畑」の保管庫。
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