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五十回目の結婚記念日に思う事

十一月十一日は私達夫婦の結婚記念日です。
五十回目は二人で仲良く迎えるつもりだったのに、今一人でこの日を迎えるのは凄く辛いです。
見合いから半年で結婚をしましたが、その間大阪、神戸と行き来して時々デートを重ねました。
ある時は六甲山、又は須磨の海岸と神戸に来てくれる時は、全ての会計は彼持ち、処がです困るのは大阪に出向く時、彼と私の収入の違いです。
私は生活するだけでやっとなのに、交通費の出費は大きな負担だったのです。
約束してても何とか理由を付けては断りの電話を入れました、それも当日に、今では電話の無い家は皆無だと思いますが、当時は有る家の方が少なかったのです。
近所の公衆電話を置いている家の人に頼んで市
外電話を申し込んで貰って掛ける、すると何で来ないのとか長電話になる、心の中で、短くして切って下さいよ、
って思うのにぐだぐだ喋られると、切ってからの代金が高くなる、これが又痛い出費、今思うと悲惨な交際期間だった、このことを後々話すと、そんなに大変って知らなかった、言えば良かったのに、って言うけど
私にも多少のプライドは有るから言えるもんですか。

本町の伯母の世話でお見合いをしましたが、近所の会社の専務さんが、伯母の処に働く娘さんを見て、良い人が居るからと世話を仕掛けたのですが、既に婚約者が居たので、そんなに良い人なら内の姪はどうでしょう?と言う事で、祖母と母と三人で出向くこととなり
ましたが後で彼が言うには、皆が解散した後祖母がやって来て、宜しくお願いします、って頭を下げられたから貰う気になったんだそうです。
それを聞いた時、何時も私の事を心に掛けて見てくれてた祖母が、この人なら安心して任せられると思ったんでしょう、感謝で胸がいっぱいになりました。

母には経済力が無いので親戚が寄って、集って一応恥ずかしく無い程度の支度を整えてくれて、後の結婚式
披露宴他の出費は、何も言わず全部、彼が出してくれました。
縁は異な物って言いますが、運命の糸に手繰られたように結び着くのだと思いました。
四国と神戸の人間が大阪で出会って、仲良く夫婦になるなんて想像もしてなかったのに。

街に出て、老夫婦らしき人達を見てどちらかが、偉そうな態度をしてると、もっと優しく接してあげて、と言いたいし、後、残り少ない人生を仲良く暮らしてよって思います。
私達は一回も、結婚記念日に何かお祝いをしたって事は無いんです、改めて何かするっていうのは嫌う人で
何でも無い日に思いがけない、贈り物や旅行に連れて行ってくれたりと言うなれば天の邪鬼なんでしょう。
照れ屋なのかも、根が優しんだからそれで十分です。
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M子
年齢:
94
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性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
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自己紹介:
05年10月10日から09年8月17日にかけての旧「M子のお花畑」の保管庫。
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