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旧ブログのログです
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歳はいっても、からっきし信心気も無いのにお彼岸が来たらお寺に足を向けています。地下鉄を降りてからが結構距離が有るのですが、背中に伝う汗を感じながら大勢が目差すお寺へと流されるように行進します。殆どの皆さんは脇目も振らずにお寺に直進しますが私は直ぐ側に有る、同じお寺が建てたお堂の冷房の効いた椅子に座って汗のひくのを待ってから本堂に向かいます。
二百席程ある片隅の椅子に座って何時もなら、前の席のうしろの物入れに入れられたカードとお経の本を何気に眺めていましたが、今日はカードの方を手に取って見ました。「慈悲喜捨の祈り」次の言葉を唱えてお祈りしましょう。と書かれています。 慈の祈り、私が幸せで有りますように。私の親しい人が幸せで有りますように。生きとし生けるるものが幸せでありますように。後は私に続いて親しい人、生きとし生けるものと文言は同じで、私の悩みが無くなりますように。私の願いが叶いますように。私に悟りの光が現れますように。と書かれていました。 仏の道を説くのに先ず「私」が先に来るのには何だか違和感が有ります。普通、自分の事は置いといて、他のものが先でしょう?。勿論本音は自分だと思いますが、あくまでも建前としての話です。本来ならば本堂に上がってお坊さんの有り難いお説教を聞けば良いんでしょう。座る姿勢が辛いもので何時もお賽銭とローソクと線香でお祈りし、そそくさと其の場を離れるものだから「偉そうに異議を申し立ててるんじゃ〜ね〜」って怒られそうな気がして、今日はこの辺でやめときます。 PR コメントを投稿する
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プロフィール
HN:
M子
年齢:
94
HP:
性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
DVD観賞
自己紹介:
05年10月10日から09年8月17日にかけての旧「M子のお花畑」の保管庫。
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