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旧ブログのログです
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戦後、お米の代用食としてメリケン粉の配給があり、其の粉をパン屋さんで加工してもらってました。
神戸に住んでる頃の朝の出来事です、パンの包みを家の前の台に置いて自転車を庭に入れ、出てきたら家族の大事な食料が跡形も無く消えてるのです。 数十メートル先を行く若い男の人の後ろ姿が目に付き走って追いかけて前に回ったのです、うちのパンを食べながらこっちを見て何?って顔をしたので、そのパンは私のだから返して下さいって言ったら、あ、そうみたいな事を言っておとなしく返してくれたのです。 あの頃は他人の物を盗んでも平気だったから何の反抗もなく返してくれたことのほうが不思議なくらいで内心ほっとした覚えがあります。 兎に角食べる物に不自由してた時代の話で皆、生きて行くのに必死だったのです。 話は変わって大阪に住んでる頃の事です。 来客が玄関で脱いだ革靴が盗まれてるって事は日常茶飯事で、自転車に乗って店屋に買い物にきた人が外に目をやり、気を付けてても自転車泥棒は一瞬の隙をついて盗るのです。 洗濯物も今のように変態の下着泥棒と違っておばちゃんの物であろうがお爺さんの物であろうが外で手が届くところに干してある物は何でも持って行かれるから油断も隙も有ったもんじゃ〜無いのです。 有る日の事友達と歩いてる時向こうの方から「泥棒や捕まえてくれ〜」って声が、その前を必死にこいで走ってくる自転車、思わず後ろに積んでる木箱の端を掴んで引っ張って転がした自分に驚きました。 四、五人が寄って来た後に被害者も追いつきましたが私は直ぐその場を離れたので後はどうなったか知りません。 盗んだ人もそれなりの事情があったのでしょうし、盗られた人も自転車が無くなれば困るでしょう、どちらの事を考えても果たして私は良い事をしたのかなと未だに悩んでます。 今でもポリスの職務質問に引っかかる若者の大半は自転車泥棒の疑いのようですが、今と昔の違いは、私見で言わせて頂くと、お互い必死さが無いように見受けられ、のんびりと対応してるように思います。 物が溢れてるのと経済的にもあんまり困らない事が理由として上げられるのかしら。{私の偏見なら謝ります} PR コメントを投稿する
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プロフィール
HN:
M子
年齢:
94
HP:
性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
DVD観賞
自己紹介:
05年10月10日から09年8月17日にかけての旧「M子のお花畑」の保管庫。
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