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旧ブログのログです
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香港の街を歩いた時、やたら目に付いたのは肌の色や目鼻立ちからして、どう見てもインド人では無いかと思われる人達が大勢歩いていました。{思わずナマステって言いそうになったくらいだから}違ったっけ。
多分香港に住んで居るのでしょう、何処に行っても其処の土地の人のように家族連れとかが、街中で彷徨{うろつ}いているのとよく行き会いました。 香港の高い建物の事は何遍も書きましたが、一番高いのは八十八階建てで四十階五十階建ては当たり前のように建ってます、ちょっと想像が出来ないと思います、大袈裟に言わせてもらうならば、見渡す限りそりゃ〜びっくりするくらいそんな建物だらけなんです。 中国で四番目に高い香港聖堂は四十八階に展望台が有り喫茶室も有って一般に開放されてるいると説明をして貰いましたが「あれです」って指をさされても夜景に阻{はば}まれて「どれやのん?」と思うだけでさっぱり分からずじまいでした。 街を走ってるバスは殆どが二階バスで、中にはオープンバスもあるとか、残念ながら見掛ける事は有りませんでした。一度乗ってみたかったけど何処に連れて行かれるか分からないので断念しました。 街で見掛けたパトカーは、日本ではその辺を走ってるお店屋さんの車のようではっきりしないのです、車の上に付いてるパトライトでやっと分かるような感じでした。 何人か見掛けたポリスは日本と同じようで違和感を感じる事は無かったし、もし道に迷ったとしても気軽に声を掛けられそうな気がしました。 私達が歩いたのは表通りだったせいか、驚いた事に道路にゴミが落ちて無く、とても綺麗だったのと、勿論歩きタバコをする人も見ませんでした。 地下鉄で長い距離を乗った時の事です、やはり居ましたね、車中で若い女性がお化粧をはじめました。 横に座ってる中年女性が呆れ顔でチラチラと見てましたが我感せずとばかりに平気な態度、顔が仕上がると手提げ袋に手を入れ、やおらパンを取り出し食べ始めました。これは日本では日常茶飯事でよく見掛ける風景です。 ま、何処の国でも同じ現象なんだと思うけど中年女性の呆れ顔を思うとやはり顰蹙{ひんしゅく}ものなのでしょう。 途中夜間のプールで泳ぐ人達や家族連れを見ましたがまるで専用プールのように空いていたのが印象的でした、日本ならもっと混んで泳ぎ難いだろうにと思ったのです。 海岸べりには有名人の家が有り、プライベートビーチを持って優雅な生活を楽しんでいるらしいとも聞きましたが、誰だったかが言ってたのは一歩奥に入ると貧富の差を目にするらしいのです。 私達はどうやら富の生活だけを見歩いたようです。 又明日、思い付く侭を書きますので宜しく。 PR 初めて香港を訪れて感じた事です。それは殆どの建物が何故高く建てられてるのか不思議に思ったのです。
ガイドさんから香港の街に台風はよく来るけど地震は来ないんだと言う説明を聞き、そびえ立つような建物が林立している事に納得する事が出来ました。 団地の住宅も洗濯物は表からは見えないようにガラス窓越しの中に干してあるから外見はすっきりとしてとても良い感じでした。 序でに通り掛かって目に入ってきたのはお墓です、どのお墓も墓石の上に丸い屋根が付いていました。 少し離れたバスの中から見ましたが、国が変わればお墓のスタイルも違うようです。 夜遅くホテルに帰り着き、寝る前に入浴です。さてバスタブにお湯を入れてゆっくり手足を伸ばしてあたたまり躰を洗い、さてシャワーをと、あれっ何処をどうやればいいんだろう、あちこち触りまくっても分かんない、仕方が無いので蛇口に躰を持って行き何とか綺麗に洗い流していざベットへ、前夜眠ってないのと旅の疲れで即眠りに付けたようです。 朝食はバイキングで三人の中では私が一番沢山食べてました。日頃の栄養の足りない分をここぞとばかりにまるで餓鬼のようにむさぼり食べるとは此の事でしょう、こうゆう時に育ちが出るので恥ずかしいです。 二日目は待望のディズニーランドへ出発です。 日本のディズニーランドへはやはりNさんに連れて行って貰った事が有り、何処のテーマパークもすごい行列だったから並ぶ事は経験済みで、ある程度覚悟はして行きました。 日本と違って広さも小振りだし飲食店もわりと空いていてゆったりと過ごす事が出来、Nさんのお陰でアトラクションもあまり並ばずに楽しめました。 午後からのパレードも見ましたが、どうしても日本のと比較してしまい、やはり日本のほうが勝ってるぞって思うのはいけない事でしょうか。 プーさんのハニーランドではう屋内の乗り物に乗ってグルグルと回って行くのです。 ミッキーのフイルムマジックでは色メガネを掛けて見るとまるで直ぐ側に動物達が飛んでくるような感じの物でした。何の時だったかドラマ仕立てでふっと風がきたり霧のような水滴、シャボン玉が天井からいっぱいふわふわ落ちてくるってのも有りました。 一番凄かったのはスペースマウンテンと言う乗り物でジェットコースターなのですが、何しろ屋内が暗くて線路が見えないから耐えられたけど勢いよく走り回るスピードは半端ではありませんでした。 行列が自分の番になる頃係りのおねーさんが身振り手振りで大丈夫かと念を押してました。 途中フラッシュが光ってました、ちょっぴり腰がふらつきながら表の方に出ると、恐怖で引きつった顔の写真が展示してあったのです。 取り敢えず記念に購入しましたが、寄る年波には勝てません、写し出された自分の顔を見て改めて再認識させられました。半分あの世に籍を置いてるような顔でした。 又明日かきますから宜しければ覗いて下さい。 昨晩二泊三日の香港旅行から無事に帰ってきました。
家に帰り着いたのが日付けが変わってたのと、入浴してたら就寝が二時、やはり歳の性でしょう今日は朝から夕方まで寝ころんだ侭ダラダラ過ごしておりました。 前置きはこれくらいにして香港便りを書きたいと思います。 今回の旅行は息子の妻{N}と孫娘{S}との三人旅です。 これまで息子家族との国内旅行は何度となく連れて行って貰っていたので、国外であっても安心して全てお任せして唯着いて行くだけでした。 香港まで飛行時間が四時間近く有るので機内ではお茶とかお菓子のサービス、機内食も出ました。{機内食は初めての経験なのでとても楽しみにしてました。} 日本語が出来ないスッチーでしょうか、食事の内容を聞きに来てくれました。「チキン?フィッシュ?」やがて各自お盆に乗せたパスタの上にチキンの揚げ物とサラダ、茶そば、丸い小さなパン、バター塩、コショーが出て、コーヒーや食後にはデザートにチョコで覆われたアイスキャンディーが出てきました。 ワイン、ウーロン茶、ジュース等のサービスも有り。 香港空港に着きガイドさんに案内されホテルへ、荷物を置いて、共に初めて訪れた筈のNさんに連れられ地下鉄に乗り香港の街を散策をする、歩道を歩く時に上に気を配らないと水滴がぱたぱたと落ちてきます、下駄履き住宅のせいで何の水か正体不明の水が落ちてくるようです。{そう言えばエアコンの水かも} 住宅と言えば兎に角建物がやたら高くそびえ建っている感じで下から数えてみようと試みたが無駄な努力と諦めるくらい何十階建てなのか分からないのです。 そろそろ夕方近くなってきたので商店の前の車道に向かい合わせで屋台が組み立てられて衣料品や時計等を商う店が出来つつありました。 表通りの飲食店の壁にはテーブルが組み立てられるように立て掛けられていたのを見ると夜になれば表で呑み食いをするように成っているのでしょうか。 残念ながら夜の街を歩けなかったので語る事は出来ません。 私達のディナーは車で連れられて行き、其処は中国の偉い方も訪れた事のある有名なホテルらしく、窓の外には遊覧船等が行き交い風情のあるとても良い雰囲気の初めて経験する高級な感じの場所でした。 ふかひれチャーハンや香港カニが出てきましたが、誰が何と言おうとカニは日本海のカニのほうが絶品だと思います。 香港島の頂上に何万ドルと言われる夜景を見に行きましたが生憎の小雨模様であまり遠く迄眺める事は出来ませんでしたが結構情緒が有って良かったですよ。 ガイドさんの説明の中で笑っちゃったのは、或る古い建物の団地を指して「これはもう四十年くらい経つ古い団地ですがベランダが無いから子供がよく落ちてました」って事も無げに言ってるのです。 怪我したとか死んだとかは言って無かったから多分何事も無かったのかしらね〜。 今日はこれくらいにしてぼちぼちと書いて行く事にしますが宜しければ又覗いて下さい。 久しぶりに悪魔君と言う名前を聞いて、そんな名前を付けようとした親が居て、役所が受け付けなかったので親が文句を言い、問題になっていたのを、当時のメディアが毎日のように取り上げていたと懐かしく思いだしました。ひつこく其の名前に拘っていた父親もどうやら他の名前を付ける事で落着したと聞き他人事ながら其の子の為にも良かったと思いました。
子供の将来を考えればいくら自分の子供であっても奇抜な名前を付けられたら一生着いて回るのに余りにも可哀想じゃ〜ないですか。 年月の経つのは早いと言うか、もう其の子は中一になって今施設でスポーツ好きの元気な子に育ってると言うの聞いて何となく安心しました。 両親はこの子の小さい時に離婚して親権は父親だったのですが子供の幼い頃に父が覚醒剤で捕まり施設に預けられたようです、父親が出所した後も施設暮らしのようです、子供の為には其のほうが幸せだと思いました。 或る週刊誌の記者がお節介にも離婚した母親のほうにコメントを求めに行ったようです、すると母親が「どんなになってるか一度見てみたい」と言ったとか。 それは無いだろう、見てどうする気だッ、将来見込みが有りそうなら一緒に暮らしたいと言う気なのか、お荷物に成りそうなら知らん顔をする気だろうか、つくづく子供は親を選べないって事を感じずにはいられない出来事を見たような気がします。 今日のニュースで知りました、産まれて数ヶ月の赤ちゃんの下半身を熱湯風呂に入れて、両足の親指を残した後の八本の指を壊死させた父親の事です。 何と其の子の障害年金の六万円を貰う算段をしていたと聞き信じられなかったのです。 何の抵抗も出来ない子供達の被害を聞く度にどうにか成らないものかと、何もしてあげられない事に歯痒いと思うだけの自分が情けないです。 普段はいくら眠れなくても何時でも寝られるからと、気に留める事もなく平気でした、今度行く旅行の出発時間が早朝なので明け方迄に眠れないと一晩中眠る事なく出掛けなければならないから、これは大変と薬屋さんに走りました。
小瓶に入った液体状のと錠剤の二種類を出してきてくれました、お店で応対してくれた人はどう見ても薬剤師では無くバイトらしいお兄さんだったのです。 詳しく聞こうとしたら「やはり病院に行かれて医師に相談されたほうが良いのでは?」って明らかに逃げてました。 どうも病院は好きに成れなくて、此処数年は行ってません、今更病院に行くのも嫌なので取り敢えず錠剤を買ってきて寝る前に一錠だけ飲んで寝ました。 本当は寝る前に二錠飲むようにと説明書きにありますが高齢者は薬剤師か医師に相談してから飲むようにって言う注意書きが有り、初めての体験だったので心配だから一錠にしたので効き目が無かったのでしょう、何時ものように一向に睡魔はやってきません、結局明け方迄眠れませんでした。 あんまり眠れなかった上に早朝に目が覚めた後はうつらうつらと夢見心地と言うか半分寝てる状態です「こりゃあかんわ」とくすりに頼るのを止める事にしました。飲んだ事の無い薬を安易に飲むのは何だか恐かったのです。 知人に睡眠薬の愛用者が居ました、くすりの量が増えたのに効かなくなり、やがて精神が冒されていったように見受けられましたから、くすりって表裏一体で毒にもくすりにもなるのです。 飲み方を間違えれば一生植物人間になったり、死ぬ事さえ有るのですから心して飲まないと駄目だと思います。 | カレンダー
プロフィール
HN:
M子
年齢:
94
HP:
性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
DVD観賞
自己紹介:
05年10月10日から09年8月17日にかけての旧「M子のお花畑」の保管庫。
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