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旧ブログのログです
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カレンダーの八月のページに変えたら既に何かが書いてあります、うん?何なんだと見れば”昨年ウオシュレット交換”とか”歯の治療が終了”とか書き込んでありました。
ま〜何て月日の経つのが早いんでしょうと思うと共にカレンダーを取り替える時に書き込んでいた自分の行為に一応満足をおぼえております。 すっかり忘れてた事がまるで昨日の事のように思い出され、もう一年経ったんだって改めてトイレの便座を見直したり、口を開けて歯並びを確認したり、その時の様子が何だか懐かしくもありました。 毎年カレンダーを替える時、必ず誰かの誕生日とか思い出したい事とか書き込む癖があります。 月が変わってページをめくった時に、去年の想い出の書き込みを見るのも結構楽しいものです。 勿論過去の想い出と共にこれから始まる予定も書き込みます。 ひょっとして、又今年中に国外へ脱出するかも分かりません、その予定をカレンダーに書き込む事が出来るのならどんなに嬉しいでしょう。 私は何時も誰かを頼りにしないと行動が出来ない性格なのです、今日待ちに待った良いお知らせを頂き、二度目の外国旅行が実現しそうで本当に生きてて良かったって思いました。 折角パスポートを取得したのに一回だけしか使わなかったなんて言うのも悔しいじゃ〜有りませんか。 何時行けるかは未定です、取り敢えず目の前に楽しみが確実に見えてきました。韓国旅行も今度行く旅行も毎年カレンダーに書きつないでいく事にします。 PR 毎年、夏本番になると水の事故で多くの尊い命が失われてるようです。
ほんのちょっとした注意を払っていれば防げたであろうと思う事がしばしば見受けられます、例えば子供さんの行動に親がもう少し目を配ってたら防げたのでは無いかと思うのです。 今は何処の学校にもプールがあって殆どと言ってもいいくらいに泳げない子はいないんじゃないのかな、学校のプールで泳げるからと、ちょっとした油断が事故を招くのです。 深さの決まった水たまりのようなプールで先生の指導の元に泳ぐのと、時々高波が襲う海で泳ぐのと、流れのある川で泳ぐのとでは気構えが違うようです。 学校にプールなんか無かった時代には電車に乗って海に泳ぎに行き、時々寄せてくる高波に立ち向かいながら皆命がけで必死に泳ぎました。 私は顔を水につけて泳ぎたくない為に耳が痛いからと嘘をついたら、先生に耳の中に海水を流し込まれて中耳炎になりとても痛い思いをした事があります。 今なら父兄が文句を言って大問題になるとこでしょうが、これも時代が時代だけに何ひとつ苦情は言えず泣き寝入りでした、嘘を付いた私がいけなかったと反省なんかしちゃったりして、ほんとバカですね。 あれやこれやが有ってお陰様で曲がりなりにも泳げるようになりました。 戦中に近所の娘さん達と疎開先の川で泳ぎましたが、川の流れがあり油断すると流れに持っていかれるので、これ又必死に泳いだものです。 大自然は何時、牙をむくか分かりません、本当に恐ろしいという事を頭に入れて泳がないと取り返しのつかない事になります。 残念ながら未だプールで泳いだ経験が無いので偉そうに批評は出来ません。大の大人だからと、決して過信は禁物だと言う事です。 自分の命を何処の誰とも分からぬ人間の手で終わりにされるなんてどうにも合点がいきません。
将来に向かって人それぞれの夢を描きながら生きている時、突然のアクシデントで此の世との別れを余儀なくされてる人がどれ程多い事でしょう。 自分の命が救われる筈の病院での医療事故、交通事故、殺人事件、親からの虐待等による死、数え上げたら切りが無いくらいです。 これらは皆運命だと受け止めるべきなのでしょうか、折角此の世に生まれ出てきたのだから出来る事なら、多少の浮き沈みは受け入れるとしても、せめて恋愛、結婚、出産、子育てくらいの人生経験をしてから旅立たせて上げたいと思うのが人情でしょう。 自分に何の落ち度も無く、ましてや顔も知らぬ相手に突然殺され、わざわざ遠方まで連れて行かれ、まるでゴミを捨てるように野外に捨てられるなんて、凄く酷い仕打ちだと腹がたちます。 我慢ならないのは自分の子供に食べ物を与えず、その上虐待を加えて死に追いやる鬼のような親達です。 何の抵抗も出来ない子供の気持ちを思うととても遣り切れません。 殆ど餓死状態の子の父親が、今日逮捕されて連れて行かれるのを見て、「自分ばかり喰うんじゃねえ〜」ってお尻を蹴ってやりたいくらいに、醜いくらい、でぶっちく肥ってたんです。 此の世に未練と怨念の気を残しながら去って逝った人達に、もし来世が有るのなら、今度こそ幸せな生活が待って居ますようにと願わずにはいられません。 誰にでも言える事でしょう、兎に角自分が予期せぬ侭に何の前触れも無くあの世に送られるのが恐いし悔しいと言う事です。 先日知人から電話が有り「何が欲しい?」って言われて、はたと返事に困りました。
何が欲しいかっていきなり言われても、特別欲しい物なんか無いし、相手の言うのには、豚肉、牛肉、桃、さくらんぼ、の内のどれか好きな物を言えば送ってあげると言う事らしいのです。 以前には高級豚肉を沢山送って頂き、美味しく食べました、じゃ〜今度はさくらんぼを頂けたらとお返事して数日後にクール宅急便で新鮮なさくらんぼが沢山届き、これまた充分堪能しながらいただきました。 毎年お中元の時期、何処のお宅も何を送ろうかと悩みの種だと思います。送ってこられるほうも好きでも無い物が送られてくると「え〜こんな物いらんわ」って事になるからやっかいなのです。 時々何を送ったら良いだろうって相談された時は「商品券が無難じゃないの」って言うのですが、何故か商品に拘ってるようで、私ってバカだから、くそ真面目にビールとかお茶やハム等の商品名を言うと「そんなの、うちが貰っても嬉しくないもの」って{それやったら最初から聞くなよ}って少なからずむっとさせられてます。 今日も誰かが、そうめんを沢山貰って困ってるって、以前にもそんな事を聞いた事あるけど、私だったら好きだから喜んで頂くのにと口には出さなかったけど心の中でそっと呟いたのです。 兎に角誰かに贈り物をするって、相手の好みが有るから考えるだけでも大変ですよね。 我が家ではお互い無駄な気遣いを避けるべく、お中元やお歳暮のやり取りはしないと身内同士で話し合ってるいるので、とても気楽です。 但し、時期とは関係なくくださる物は遠慮なくしっかり頂戴します、それに対してのお返しは直ぐにはしない事にしてます。 前出の知人のように遠慮の無い人には何が欲しいかと聞くか、お互いの話し合いで無駄な行事をやめようと決めればとても気が楽になります。 生まれ変わってもきっと一緒になろうねって約束する恋人同士がいるけどあれって絶対嘘だよね。
と言うのは記憶喪失になった場合、親兄弟が目の前に現れても不思議そうに、”この人誰?”って顔をしているもの、血を分けた人の判別も出来ないのに。 もの凄く愛し合った恋人も然り、恋人だった記憶も残って無くて別人を愛してしまい、元々の恋人のほうはその侭愛し続けていて自分のほうに向いてもらおうと頑張っても無駄って事があります。 若い時運命の人と出会えたと喜んで結婚しても月日が経つに従って、お互いの欠点も見えてくるし、容姿の衰えも目立ち始めると、この人の何処が良かったのかと疑問を持ち、やがては不倫に走ると言う結果が待ってるようです。 人間の気持ち程、いい加減なものは無いと言う事のようで、何十年も変わらずに愛し続けるっていうのはどだい無理なのです。 共に白髪のはえるまで暮らしてるご夫婦は世間体と子供達の為にと、唯何となく惰性で其の日を送っているように見受けられます。 今更、足掻いてみてもどうにもならないと諦め半分もあるでしょう、人の心は絶えず揺れ動いていて愛に対する約束の言葉なんて絶対的では無いと言う事です。 話しはころっと変わります。又見付けてトライしましたが、何とも情けない結果が出たのです。 皆さんは既にご存知かも知りませんが未だの方はご自分の力試しをしてみては如何でしょう。 この頃乱れてる日本語の事です。「日本語ドリル」{ATOK}を検索すると問題が出てきます。点数が出てきて私は少なからずショックを受けました。 | カレンダー
プロフィール
HN:
M子
年齢:
94
HP:
性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
DVD観賞
自己紹介:
05年10月10日から09年8月17日にかけての旧「M子のお花畑」の保管庫。
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