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自転車泥棒の続きです

先日の映画”自転車泥棒”を最後迄観る事が出来ましたので、続きをお話します。
その前に申し上げたいのです、もっとすごいドラマが展開するのかと思いきや、な〜んやどうって事ないやんって言うくらい、呆気ない結末だったのです。
私の勝手な想像で怖くて何回も中断しながら観てたのが一体何やったんだって笑っちゃいます。

父と子は仲間の協力を得て盗まれた自転車の行方を探し、犯人と思う人を問い詰めたり、占いの女性を頼ったり、街中をさまよい歩き最後は疲れ果て座り込んでる時ふと目に入ったのが余所の玄関先に置かれてる自転車です。
父は悩みながらそわそわしだし、取り敢えず子供に先に帰るよう指示して別れます。
子供の姿が見えなくなったのを確認して父は思い悩んだ末、他人の自転車に手を掛け走り出したのですが持ち主に気付かれ大声を出されて大勢の人々に追いかけられて捕まり殴られたり、こずかれたり、警察に引き渡せとの声も、ところが子供は父親の異常な態度が気になり近くに居たのです。
父が捕まった時すぐ走り寄って来て上着の裾を握って「パパ、パパ」って言うのを見た被害者は何も言わずに帰してやるのです。
あまりにも呆気ない結末に、私は何を恐れ躊躇{ちゅうちょ}してたのでしょう、子供がらみで泣く、もっと辛い筋書きを想像してたからかな。

これで終わりは無いんじゃないの、帰って妻に何と説明するのでしょう、明日からの生活はどうするのってね。
ま、どの映画も後は好きなように勝手に想像しろって余韻を残しながら無責任な形でエンドになるようです。
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困った老人

何時の時代にでも言う言葉に「この頃の若い者は」とよく使われるのですが、最近のニュースの話題にのぼるのを見ていると、何だか違うような気がします。
若者はその時代に添ってそれなりの楽しみ方をしている人、礼儀正しい人、思いやりの有る人と結構良い人が多いのです。
ところが、この頃やたら事件を起こす年代が七十歳前後の老人と言われる人達だから驚きです、本当にど〜なってるんだって言いたいですね。
世間を知り尽くし、分別も付く年頃のお爺ちゃんが何を考えてるんだと思うと同じ年代に生きた者として恥ずかしい気がします。

TVを見てる時誰かが言ってましたが、之からの日本は益々貧富の差が出てくると、お金の有る所へはどんどん集まって行くし、無い者は何時まで貧乏暮らしなんだそうです。
今ニュースでJRの下関駅が放火で全焼した様子が映し出されてますが、これも七十四歳の爺さんの放火によるものだとか、それも空腹で腹で腹が立ったからだそうで、何か、狂ってるんじゃないかと思いますね。

何時の時代、どの年代にも、とてつもなく賢い人も居れば、箸にも棒にも掛からない大馬鹿が居るって事を目の当たりにして、種々取り混ぜて生息しているのが人間界なんだって、改めて思い知る思いです。
今思えば私達の年代が一番教育を受ける時間が少なかったようです。
やはり勉強とか、しつけは頭の柔らかい時にしっかり受けておくべきです。
頭が悪けりゃそれはそれで仕方が無いのですが、学校で友達と唯、触れ合うだけでも何か得る物が有るように思うし、兎に角人とのお付き合いが有れば自然とコミニュケーションがとれ人間性が豊かになり、凶悪な事件が少なくなるのではと思いますが如何でしょう。
映画が前に進まない

以前から沢山の映画のDVDを買って暇に明かして観てますが”自転車泥棒”というタイトルのイタリア映画が一向に前へ進まないのです。
何故ならば映画雑誌で筋書きを、ちょいかじりしてるので何だか観るのが怖くて。
今も未だ問題のそのシーン迄いってないのですが、数十年経つのに健忘症の私の脳裏から離れず残ってるのは何ともつらいです。

覚えてる範囲で言いますと、失業した父親がやっと仕事を見付けたけど自転車が無いと雇ってもらえなくて
生活の為に現在は質屋に入ってる自転車を請け出す為に妻がベットカバーなどを売りやっとお金を作って自転車を請け出し、道端の広告貼りの仕事をする事になるのですが、自転車を側に置いて仕事をしてる時三人組の男達に狙いを付けられて盗まれてしまい、追いかけるけど捕まえる事が出来ないのです、と言う事は失業に繋がります。

今は此処まで観ました、これからが辛い場面になると思うと、せつなくて中途でストップしてしまいます。
此の男には学校に通う少年がいるのです、生活の為に必要な自転車が無いと困るので他人の自転車を盗む事になると思うのです、私は盗む迄は未だ観てませんから多分こうなんじゃないかと此処からは想像です。
父親がみんなに捕まえられる所を子供が見てると言う話だったような、だからその場面が見たく無いからウジウジとして見終わる事が出来ないのです。

此の話をある人にしましたら「何でそんな物を買うのですか」って言われました、其の通りです返す言葉が有りませんでした。
もし最後迄観る勇気が出たらの話ですが、興味を持って下さる方が居られるようでしたら、結末をお知らせしましょう、いらんっておっしゃる方は無視して下さって結構です。
お正月の今昔

数十年前はお正月と言えば街では、子供達から大人迄綺麗な晴れ着姿で歩くのを目にしたものですが、何時の頃からか一部の人を除いてはお目に掛からなくなりました、私が子供の頃から娘時代まで叔母に晴れ着を着せてもらって初詣にと晴れやかな気分で外出したのが懐かしい想い出となって残っています。
昔は普段でも女性は着物を着てた人のほうが多かったのです、今では外出先の着物姿の人を見掛けるのが珍しくて思わず見とれてしまいます。

外出した時、気になった事は、お正月なのに最近、商店とか会社などの玄関先で門松をあんまり見掛けなくなったように思うのです、門松がお正月らしさの演出の一端を担ってたと思うのです、賀正という張り紙も手抜きして貼ってなかったり、一年に一回なんだからもっと真面目にやんなよって申し上げたいです。
日本らしさが廃れ、{すたれ}西洋文化に流されて行くようで何だか先行きが心配になります。

以前は何処の家の軒先にも”しめなわ”を飾ったものですが、それもしない家が多くなったようで、見掛ける事が難しくなりました。
こうして日本の伝統は寂れ{さびれ}ていくのでしょうね、原因として考えられるのは集合住宅が多くなったのと、今時の若者との感覚にズレが有るからだと思うのです。
お正月らしく感じさせる事と言えばデパートでの”福袋”がやたら目に付きました、三日に行った時も売れ残りでしょう店員さんが声をからして必死に売り込んでましたが、お買い得は早く売切れてるって事を、皆さん先刻ご承知ようで興味無さそうに通り過ぎて行きます。
今の子供達はゲームにのめり込んで一人遊びが平気になってますが、昔はトランプ、百人一首、カルタと家族と共に遊べる楽しいひとときが子供にとってのお正月だったのです。
そう言えば大人もです、PC、TVと遊ぶ物に事欠かないから、今では家族が共に遊ぶなんてとんでもない話、今の時代に合わないのでしょう、だから夫婦の熟年離婚なんて言うような事が起きても致し方ないんだ思います、取り敢えずみんな孤独なんだろうな、何だか悲しくなりますね。
人出とおやつ

今までどこかに散らばっていた人達が此の街に戻って来たのでしょう、昨日の梅田の人混みと、今日のでは全然違うのです、忙しそうにせかせかと歩く人、のんびりと会話しながら歩く人、私は急いでます、ちょっと邪魔なんだけどと思いながら人並みを縫うように進みます、急いでなくても何故だかイライラしながら早足で歩くのです。

地下鉄に乗って耳にした聞き慣れない言葉、顔は亜細亜系だけど、何処の国の人なんだ?英語、韓国語、中国語等は何とか聞き慣れてるから分かるつもりだけど改めて、日本には色んな人達が来てるんだと認識しました。
天王寺辺りを歩いてると、あんずの砂糖漬けを売ってるお店を見つけたのです、子供の頃祖母にもらって食べ美味しかった想い出が有り懐かしくて買いました。
又別に千鳥屋の”みたらし小餅”も買いました、みたらしだんごの、たれがお餅の中に入ってるのですが、とても美味しいのです。
そうだおかき、するめの割いたのや奉天もといっぱい買ってきましたが、之だけおやつがあると何だか心が豊かになった気がします。

これだけ食べたら心だけでなく、躰の方も豊かにになって、貫禄十分な体型になる事間違いなしです。
既に、みたらしお餅とあんずは大半がお腹の中の収まってるのですが、この侭いくと大変な結果が待ってるようで、何とも気が重いです。
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プロフィール

HN:
M子
年齢:
94
HP:
性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
DVD観賞
自己紹介:
05年10月10日から09年8月17日にかけての旧「M子のお花畑」の保管庫。
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