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書いた文はいずこへ

長い文を書き上げたのにエラーが出てがっかり、全て水の泡だなんて悔し〜い。
気を取り直して再度書き込む事にします。

今日TVを見ていて驚きました、新潟駅舎だと思うのです、都会ではあちこちで目にするホームレスの人が無防備な姿で一人寒そうに通路で座って居たのです。
先輩?の人達はダンボールを頑丈に組み立てふとんを数枚敷いて寒さ対策をして居心地良さそうに住み着いているのです。
今年の冬は特に寒さが厳しい雪国で、TVの映像に映し出された彼がインタビユーに答えてるのを聞いてると、数年前妻子と別れて都会に出たけど食い詰めて故郷に舞い戻り妻子を訪ねたら長男が家に上げてくれてお酒を呑んでる時、元妻が帰ってきて追い出されて行く所がないし財布を落としてお金も無し、仕方がないので新米ホームレスになったと言うことでした。
通路に飲み残しの紙コップ入りのコーヒーを平然と手にして飲んでる姿にインタビュアーも驚きの声を出してました。
着た侭の格好で横たわるにはこの寒さでは大変だろうと思いましたが、本人に働く意欲が有り職探しをしていたし、運転免許も持ってると言う事で何か就職の目途もたったとの最後のナレーションを聞いて他人事ながら本当に良かったと安心しました。

彼は五十二歳だと言ってましたが、お酒で失敗して、多額の借金も抱え身を持ち崩していったようです。
何にでも言える事ですが溺れては駄目なんです。
この人はまだ働く意欲が有るから救いがあります、之からも頑張って生きていって下さいとエールを送りまたいです。
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又エラー

今日新潟駅舎の事を書き込みクリックしたところエラーが出て失敗に終わったようです。
これが書き込めるかテストしてみます。
お正月から棺桶とは

昔から私の持論ですが、此の世の最後にその人が幸せであったか不幸で有ったかと言えるのは人生を終えて、棺桶の蓋が閉まる迄解らないと言う事です。
子供時代、青年期、中年期、老年期とそれぞれの時代を死ぬ迄維持して、その侭の状態で変わらず暮らして行く事は殆ど不可能に近いとおもいます。
社会の情勢で変わったり、身内の事情に寄る事もあるだろうし、他人に危害を加えられたりと、長生きしてれば、さまざまな出来事に巡り会う事が多くなり短命な人より余計に喜怒哀楽を体験する事になるのです。

例えば裕福な家に産まれても何らかの事情で貧乏のどん底に落ちたり、両親の都合で離婚でもされたら寂しい生活が待ってるだろうし、子供時代惨めな生活を強いられてた子が思い掛けない才能を持ってたら億というお金を稼ぐ事も夢では無くなると、こんなのを波瀾万丈{はらんばんじょう}と言うのでしょう。
若くして大金持ちになり有頂天で生活していたら、ある日無一文になるって事もよく有る話です。
成る可くなら普通に穏やかな日々を送る事が出来たらどんなに良いでしょう、そうは行かないのが人生の面白いとこなんです。

総理大臣に上り詰めた人でも殺されたり、他人から罵倒{ばとう}されたり、財閥と言われた人が監獄に収監{しゅうかん}されたりと、今までの栄耀栄華{えいようえいが}の生活が一変する事もあり得るから油断も隙{すき}も無いって事です。
どん底から這い上がってきて成功した人が、後少しで、輝かしい人生の終焉{しゅうえん}を迎えようとしてる時にとんでもない事件に巻き込まれて裁判を受ける立場に立たされる人を見ると、此の人達はこんなはずじゃ〜なかったと嘆いているのではと思います。

私も今まで生きてきた人生を振り返り、その場に置かれてる状態を見つめながら、「あ〜幸せだったな〜」と言えるか、「こんな筈じゃ〜無かった」と言うか「長生きし過ぎたぞ」と嘆くか、どお言う言葉を残して此の世を去る事が出来るのでしょうか。
平凡で良いのです、棺桶の蓋{かんおけのふた}を幸せだったと思いながら、静かに閉める事が出来たら。

お正月だからこそ書いてます。 ”門松や冥土の旅の一里塚目出度くも有り目出度くも無し”芭蕉の句だったかしら?。{此処を覗く少女の為の振り仮名です}
成人式

私の身近に今年成人式を迎えた青年がいます。
同じ成人式を迎えたであろう人達を見ても極普通か、それ以上に良い青年達はいるのです。
平凡に生きるのも、アドベンチャーとして生きるのも人それぞれの生き方だから自由です、本当に平和な生活を送れるって何て幸せな事でしょう。
私達の時代だったら兵隊さんに行かされた年齢です。

それにつけても、毎年お馴染みになった、TVに映し出されるお揃いの羽織、袴を着てお酒を掛け合ったり、樽をひっくり返したりと暴れてる男達を見て、この子達は何処かで何かを発散する場所を求めているのではないかと、やってる事に幼さが見えてむしろ可愛くさえ思えるのです。
毎年のように式そのものを止めるべきだと、色々批判が出てますが、大切な税金を使って大人が介入し、面白くも無い演説を長々とやる式より、当事者達に全てを任せて、資金の面を予算内で援助して上げたら若者達はそれなりに知恵を出し合ってやるでしょう。
例えば男子はスポーツで戦い、女子は、この時しか着る事のない晴れ着で応援するか、試合の後のお茶をする時に合流するとか、兎に角成人になった事に誇りを持って下されば良いのです。
二十歳にもなれば大人達の言いなりになって行動するのって情けないですよね。

毎年、此のようなニュースを見る度に思うのですが、世間の大人達の大半が批判してる声が聞こえてくる気がします。「成人式なんて止めちまえ」ってね。
一部の輩{やから}の為に全体を色目で見られるのは心外だと思いますが、皆良い青年達なのですから、これからの人生、平和の有り難さを噛み締めながら頑張って生きて行って下さい。
霊について

私は今、何時ものように姉に頼まれた江原啓之著{えはらひろゆき}の本を読んでいます。
”スピリチュアルな人生に目覚めるために”
  心に「人生の地図」を持つ
このようなタイトルがあり、この人は霊を見る事が出来、会話も出来ると、ご自身が言っています。
常々此の手の人の言う事は半信半疑で何処まで信じていいものか少なからず迷いながらも姉に渡す前に興味が出てきて半分くらい読み進んでますが途中にとても良い文を見付けたので此処に簡単に移し書きします。

現世に肉体を持たない霊魂にも、人間が出す波長に作用して色んな霊が憑{つ}いてきて、生活や健康に悪影響を与えるそうです。
こおいう霊が憑くのが憑依霊{ひよういれい}と言って例えば自分が何かによって落ち込み悲しむと、この霊が自分の仲間なら解ってもらえると、死ぬ程辛がってるその人に取り憑いてくるのです。
悪霊に憑かれた人は益々どん底に向かって行くと言う悪循環になっていくのでしょう。{此処は私が理解した事を勝手に編集して書いてます}

「自殺の名所」「魔の踏切」などと言う場所に失恋、金銭トラブルに悩む人が行けば霊が引っ張りにくるのです、これを避ける為には本人がマイナス思考から脱却して自分の力で立ち直るのが一番の解決策だと思われます。
もし今何かで悩んでる方が居られるなら、是非プラス思考で頑張って行かれたらきっと幸せの女神が微笑んでくれるでしょう。
昔から言われる言葉に”弱り目に祟り目”って落ち込んでたら余計にデビルが手を広げて待ってますよ。
ここんとこは、ポディティブに行くしかないでしょう。

スピリチュアリズム{心霊思想あるいは霊交思想}を提唱して今日に至ってる人の本を少し略してご紹介してみました。
冥土との最短距離に生きてるから、つい気になって年寄り臭い事を書いて御免なさいね、唯若い人達の指針になればとの老婆心からです。
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プロフィール

HN:
M子
年齢:
94
HP:
性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
DVD観賞
自己紹介:
05年10月10日から09年8月17日にかけての旧「M子のお花畑」の保管庫。
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