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死語になるのか井戸端会議

表題の如く昔は井戸端で近所の主婦が集まって世間話に花を咲かせたのでは無いでしょうか。
子供の頃、大阪の知り合いを祖母と訪ねた時の事です。
今でも鮮明に記憶に残る程珍しい光景で現在は見たくても多分そんな場所は残っていないと思います。
ほんの一部しか見てないのに偉そうに言う資格はないと思いますが記憶を辿って書いてみます。

大阪谷町の周辺を訪ねた時、大通りの建物の間に出来た細い路地を入るとその奥に数軒二階建ての長屋が並んでいました。見過ごせば判らない狭い路地を抜けて行くだけでもびっくりしたのに、家の外に水道の蛇口が一個それを数軒が共同で使う事にも驚きました。
今思えば朝、昼、晩の食事の支度や洗濯などは大変だったと思います、でもみんな仲良く時間差をつけてこなしていたのでしょう。
繊維の街谷町に住んでる主婦達は服のボタン付けとか仕上げの仕事の内職をしていたと聞きました。

祖母の知人は地方から出て来て其処に住んで生計をたてていて母娘二人で頑張り後に中心部に店を持つまでに成功し、私は成長してから聞いた話です。
みんな良い人達でお休みの日は道頓堀辺りに出て観劇をしたりデパートに買い物に行ったりと、家に居る時は洗濯時の世間話などで結構楽しい日々が送れたと言っていました。

私が大阪に住むようになって気になったのは木造住宅の家の前に物干し場があって洗濯物がはためいてる光景、それまで目にした事が無かったので、これは大阪だけの特色では無いかと思うのです。
もっと以前の水道の無い時分は井戸の水をポンプで上げて使っていたのでしょう。
そんな時みんなが集まって近所の噂話に花を咲かせたのが井戸端会議の始まりのようです。

今は共同で何かを使うという事が無くなり、人が集まる場所と言えば病院か美容院で、時々スーパーの通り道を邪魔しながら喋るおばさん達も見掛ける事があります、井戸端会議と言う言葉も何だか懐かしく感じられ、今に無くなるのではと寂しい気がします。
共同で仲良く何かを使う事が多かった昔は人情もあって現代のように殺伐としてなかったように思います。
生活環境が良くなると共に人々の心が自分さえ良ければとなるのでしょうか悲しい時代になったものです。
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性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
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05年10月10日から09年8月17日にかけての旧「M子のお花畑」の保管庫。
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