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母が残してくれた言葉

私の記憶の中で母から大声で怒鳴られたり、叩かれたり、叱られたりとかが無い。
兄にはよく殴られたりしたが、姉が言うには「貴女にジェラシイを感じてるからだ」って、父と別居した時私だけ連れて出たかららしい。
でも兄の暴力を見ても何も言わなかったし止めようともしてくれなかった。

私は子供の成長と共に怒鳴るし、叩くし、それは躾けの為で決して虐待では無い、小学校に行く迄に良し悪しを覚えさせ、話せば解るように成ってからは、其のつど教えて行くようにしたつもりだ。
大体おとなしい子だったのであまり怒る事も無かったが、時には苦情が来る事もある、そんな時は怒らず経緯を聞いて、納得がいく迄話を聞いてやる事にしていた。
子供が幼い頃に遊びに来ていた母は、私が凄い剣幕で子供を叱ってるのを見て、とても驚いた様子だった。
ただ一言「すごいわね」って言ったのが印象に残ってる、大体が口数の少ない人で私との会話はあまり無かったが、姉とは何時も一緒に行動を共にしてよくお喋りをしていたらしい。
同じ子供でも馬の合う子と合わない子が居るらしいから、母は私の言う事は信用出来ないようで、必ず姉に確かめてから納得していたようだ。

母が高齢になり、心臓に欠陥があると診断を受け後二年しか生きられないと宣告されて入退院を繰り返す事になる、足繁く病院に通ったがその度にあれが欲しい
これが欲しいと甘えるようになった。
勿論姉は付きっきりの看病をしてくれた、検査、検査の毎日が辛いとこぼしてた事も、ある日の事「本当に色々と良くしてくれて、有り難う、死ぬまで忘れないわ」って言ってくれた事が私にとってどんなに心の安らぎになってるか、この言葉が無かったら辛い日々を送る事になってたと思うから。

私が出来る範囲はしれてるが、それでも大好きな母の願いが少しでも聞いて上げられた事、それを嫌な顔をせずに協力してくれた夫と子供達、ちゃんと天国に行けたかな?って気楽に想い出せるのも、母が残してくれた最後の言葉がどんなに私の救いになってるか。
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プロフィール

HN:
M子
年齢:
94
HP:
性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
DVD観賞
自己紹介:
05年10月10日から09年8月17日にかけての旧「M子のお花畑」の保管庫。
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