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旧ブログのログです
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困難にぶち当たると直ぐ誰かに頼ろうとする悪い癖が有る私、昨日買って来た電話機を自分で何とか出来ないものかと取り扱い説明書を前にしてじっくりと読む事にして、先ず箱から別々に袋に入れられた親機、子機、アダプター等を取り出し説明書と照らし合わせながら組立ていきました。
後はモデムや電話線、電源と繋げば通じる筈です。取り敢えず孫のムク君に掛けてみる事にしました。 受話器を外したら、ツゥーツゥーとお馴染みの音がします、ナンバーを押していきしばらくするとどうやら繋がったようで「もしもし」と聞き慣れた声が返ってきます。やった〜ってすごく嬉しくなりました。 今度は子機を使って孫娘に掛けてみました、当たり前の事ですがこちらも成功のようです。 段々調子に乗ってきて、年月日と時間を入力しました後は近しい人への短縮を入力をしなければ、それはこれからの仕事です。 此処で改めて思ったのは何事も初めから投げ出さないで説明書を良く読めば、私のようなバカでも何とか 成るものだと言う事、そう成せば成るです。 通話が出来る迄のプロセスです。セット完了、ほっとして初めに通電した時にいきなり大声で”携帯の設定をオンかオフにして下さい”って流れてきた時は、此の音声の止め方が分からずに慌てて受話器を外して置いてから説明書を読むというやり方で、兎に角うっかりどこかに手が触れたらいきなり喋り出すものだから、脇の下から冷や汗がたらたらと流れるは、躰全体からもどっと汗が吹き出る始末です。 この頃の若い人達には至極簡単に扱えるマシーンも我々高齢者にはとても手強く扱い難い物なのだと弁解させて頂ければと思います。 たった今気が付きました昨日より受話器を買ったって言ってましたが、電話機と言うべきでした訂正してお詫びしておきます。 PR 以前からコードレスの受話器が欲しいと思っていたところタイミングを計ったように電器屋さんの広告が入り、一度見るだけでもと出掛ける事にしました。
親器と子器に分かれている分なのです、買って帰って箱を開けて見れば幾つものパーツに分かれて納められている小物達が、いざセットしようと試みてハタと手が止まり、頭の中が混乱してきて私には絶対無理だと気が付いたのです。 アダプターが二個入って、電池も二個とこれは何の為だろう電源に繋げば良いって聞いたのに、だから念を押して買う前に店員さんに「私でも取り付けられるでしょうか」って聞いたら「大丈夫ですよ」との返事が返ってきたから買ったのに何て事でしょう、大変です又お助けマンを呼ばなくてはどうにもなりません。 さ〜此処で心当たりの有るお助けマンは之を読んだ途端”ドキッ”として、つんのめってるのでは?、「そうキミです貴方にお願いしたいのです、宜しくね」とこの場を借りて頼んでおきましょう。日頃から”ハンサム”を自称していらっしゃる貴方にです。 毎度の事ですが何も考えずに行動を起こすからこんな事になるのだわと悔やみながらもお助けマンが来てくれる迄現状維持で行かなければ仕様がないようです。 今は優れた機械が溢れてる世の中なのに、とてもじゃ無いが着いて行けないもどかしさ、物は思いようで、なまじ賢ぶって大怪我をするより、バカはバカなりに生きて行くほうが大した怪我もせずに暮らせそうだと自分なりに慰めることにしました。 大いに反省すべきだと思いますが、私の辞書に努力とか研究心とかの言葉は無いようです。 一人暮らしを満喫していて、時々思う事があります。私の愚痴を黙って聞いてくれる動物に思いのたけを語れればどんなに気分が晴れるだろう、この場合返事が返って来る人間ではまずいのです。我が侭と言われるでしょうが正直な話、今更誰かと共に住みたくは無いのです気楽な生活が身に染み着いた性でしょう。
生き物と言えば金魚、小鳥、ハムスターくらいしか飼えない規約の有るマンション暮らしでは、犬、猫それ以上の大きな動物はこっそりと隠すようにして飼わなければならないのを見て、何とも動物が可哀想でならなりません。 偶にエレベーターに乗り合わせた人のカバンの中に入れられて顔をだしてる犬と遭遇する時が有ります。 外に出てから地面に下ろして散歩させてる姿を見た時は、みんな気を遣いながら飼ってるんだとお気の毒って感じです。 飼うならやっぱり人間の気持ちが分かる犬が良いと思いますが、もし今から共同生活を始めたとしても何時まで散歩のお付き合いが出来るだろうか、体調を崩せば動物病院に連れて行かなければと、こちらが先に逝けば後に誰が飼ってくれるのだろう、そんな心配をしていたらすっかり夢がさめてしまい、結局飼うのを諦めざるを得ません。 大昔、夏休中に東京から神戸に滞在中の出来事です。兄が飼っていた犬がジステンバーに掛かり入院させてた病院で死んだとの通知を受けて、兄が何日も泣いていた姿が目に浮かびます。 同じに例えるのもどうかと思いますが、人が亡くなるのも嫌ですが飼っている動物が死ぬのも堪らなく悲しいものです。 何だかだとおもいを巡らす内に命あるものとの共生は大変難しいものなんだと改めて気付きました。 大きな庭を持つ家が立ち並ぶ町での出来事です。
多分新しく開発された町なのでしょう、新築の小綺麗な家並みが一望出来る場所で隣に住む初老の女性から毎日自分の家の庭に尿を撒かれる嫌がらせが始まりました。其の為に庭の周りに植えていた木や花が枯れる始末、表札も汚されたとか、何度か注意を促せども聞き入れられません。 何故こんな事が起こったかと言うと、隣家の住人が自分の都合で隣との境にブロックの高い塀を建てたくせに隣に言ってきた言葉は「此の塀のお陰で貴方の家に北風が当たらなくなって良いだろう」と如何にも塀の料金を幾らか出せと言わんばかり、それを無視した途端に嫌がらせが始まったと言うのです。 一年近くの嫌がらせに堪りかねた住人は、警察に、其れまで牛乳パックに入れて尿を撒くおばさんの姿をビデオに撮った分と帳面に毎日の被害を被った日付け、時間を記帳した物を提出して告訴して、隣人の一人暮らしをしていた尿撒きおばさんは逮捕され現在は自宅には誰もいないようです。 でも被害者は今度出て来た時がもっと恐いと不安がっていました、他人事ながらどう展開するのだろうと心配して上げてます。毎日の生活で尤も嫌な事は隣人と仲良く出来ないことは堪らなく辛いものです。 世の中には色んな人が存在している事に唯々驚かされます。糞尿を炊いて悪臭を撒き散らかすおじさんやゴミ屋敷を何軒も持つおじさん、そう言えば奈良のふとん叩きのおばさんはもう出所してくる頃では無いのかな?と此の人達は一体何を思って生きているのでしょうか、考えている事を是非聞かせて貰いたいものです。その人なりにポリシーなるものを持って生きていらっしゃるのだとは思いますが。 又々幼い子の虐待死のニュースを見て心が痛みます。
児童相談所はなんの為に存在するのか誰かご存知でしたら教えて頂きたいものです。私が思うのはこうゆう存在を看板倒れと言うのでは無いでしょうか。 折角近所の住人から数回の通報を受けながらほったらかしにする神経が理解出来ません。 そもそも児童相談所と言う所は給料を払い職員の生活を保証する場で有って決して子供を守ってくれる場所では無いような気がするのは私だけなのでしょうか。 国も少子化をうんぬんするより先に子供の命を守る事の方を重視して頂きたいものです。 毎度の事ながら事件が起きてから責任者らしき人が出てきて取り敢えず弁解がましき言葉を並べて「大変申し訳御座いませんでした」と深々と頭を下げてその場を誤魔化しているようにうつります。この様な光景はこの頃特に目にするような気がしてなりません。 私達大人はお腹が空けばたとえお金が無くても何とか空腹をまぎらす事も出来、喉が乾けば水でも飲めます、三歳の幼子はどんなにお腹が空いても誰かに与えて貰わなくては何も食べる事も水さえ飲む事が出来ないと思うと何とも哀れで、側に居る親と名の付く人が平気でいられる神経を疑うし憎みます。 こんなにも平和で、世の中には物が溢れてる時代に外見は一戸建てに住む家の子供が餓死して逝くなんて誰も想像出来ないでしょう。余りにも残酷な仕打ちを受けて亡くなった坊やが今度生まれ変わってくる時は絶対に幸せな人生が送れるところに生まれてきて欲しいと願うだけです。 それにしても国の行政には、これからの子供に対する優しい保護をお願いしたいものです。 | カレンダー
プロフィール
HN:
M子
年齢:
94
HP:
性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
DVD観賞
自己紹介:
05年10月10日から09年8月17日にかけての旧「M子のお花畑」の保管庫。
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