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旧ブログのログです
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生まれて初めての韓国旅行から無事帰ってきました。
何しろ大阪市内の端っこに住んでるもんだから、関空迄に行き着く事が大仕事です。 どうやら迷子にならず、同行して下さる皆さんともお会い出来ました。 まさかこの歳になって国外脱出が実現するなんて夢想だにしてなかったので本当に嬉しくて心がおどる思いでした。 北海道行きから二度目の飛行機の搭乗で、窓側に座らせて頂き、晴れ渡った空中から下界を見渡す事が出来、最高のパノラマを見る気分に浸り、充分堪能させて頂きました。 二時間足らずで憧れていた韓国に着き、車でソウルまでガイドさんの説明を聞きながら、途中ヨン様の笑顔でお出迎えのポスターがずらりと並んだロッテ免税店に立ち寄り、別に買い物もする事無くホテルに到着です。 いよいよ待望のグルメに挑戦、地元の人達が集うお店に入り、どんな物を召し上がってるかキョロキョロと見回しながらの注文だったのです。 一個の物の量がやたら多くてびっくりです、みんなで分け合って食べたのですが勿体ないけど残しました。半端じゃなく、すんげ〜辛さです、でも美味しく頂く事が出来ました。 ホテルの部屋で楽しい会話で夜も更けるのも忘れてお喋りに花を咲かせたのです。 二日目は自由行動で一日中ソウルの街を探索して地下鉄に三本乗り換え一度は私がキップを買う事になり「ミョンドン、ネ」{ネは四枚って事}ってキップはゲットできました。 幼い子供が初めてお買い物に成功したように何だか嬉しくなったりして。 南大門にも行きました、昔の兵士の服装をした兵隊が三人、門の前に槍を持って立っているのです。 時々左右の兵士が入れ違いになりますが位が上の兵士は真ん中で前後に向きを変えて、あれは同じ姿勢で立ってると退屈だから動くんだと勝手に決めつけてます。 誰かさんは「あれって人形なん?」って言ってるくらい立ち位置が決まったら動かないから、そう見えたのでしょう。 私達がこっちから笑いながら何だかだと言って暫く遠くから見てたのでいよいよ側を通る時、一人だけの上官はこちらと目が会わないように目を閉じて早く通り過ぎるのを待っていた様子でした。{思い過ごしかな?} 今日は少し疲れたので休みます、続編は後日書きますので宜しければ又覗いて見て下さい。 PR 愛媛県の動物園の白熊が初めての赤ちゃんを産んだのです。
母親が育てようとしないので、飼育員の人が自分の家に連れ帰って育てる事にしました。 先ず問題はミルクからです、脂肪の多いミルクは下痢をするし、試行錯誤を繰り返し、犬のミルクが一番適してたようでした。 昼は動物園に連れて行き、夜は自宅で三時間置きにミルクを与え、お風呂にも入れたりと家族の協力を得ながら可愛く育っていきました。 白熊にとっての母親は、飼育員の男性なのです、少し大きくなるとまるでぬいぐるみみたいでとても可愛い姿でその男性の後を付いてまわります。 家で寝る時は仰向けになって人間並みに添い寝をしてもらって眠るのです。 見てると何だかペットとして飼われてるようで、でも躰は成長と共に大きくなるから自宅に連れて帰るには限界となりある日動物園の檻の中に入れられます。 其の環境に慣れるまでとても辛かったのでしょう、悲しそうに泣いているのを見ると何だか可哀想でした。 勤務態勢が変わる時期もありましたが、母親代わりの人が変わると駄目だとの判断からそのままの勤務となりました。 大きくなっても檻の中に入って世話をしてるのを見て、大丈夫なのかと思っていたら、ある日の事、園長から檻に入っての世話は認めないと言い渡されたようです。 もし噛み付かれて怪我をしたら、此の白熊は人に噛み付く熊との烙印を押される事を恐れた処置だったようで、私もそうだ、そうだと納得しました。 何時かは熊同士と仲良くさせなければと、先ず母親と檻を隔てて暮らさそうとしたら母親のもの凄い剣幕にビビッて逃げだし失敗におわったのです。 やはり人間が介入しすぎた結果だと思います。 自然の氷の世界に居れば自由に暮らせるものを、人間界で育てられたばっかりに、まるで囚人のように狭い鉄格子の中で一生を終えるなんて、果たして幸せだったのだろうかと思います、勿論大きな遊び場、プールも設置されています。 動物に対して可愛がるのは良いのです、最後まで責任を持って飼育が出来れば文句がありません、でも現実は何だか人間のエゴとしか言いようが無いのです。 今日再録を見て、以前にもこんな事を書いたような気がします、又改めて強く感じたから書きました。 以前は株で一喜一憂した時期も有ったっけと、今は懐かしく遠い想い出となりました。
今ライブドアの株が上場廃止となり紙屑となるか、上手く化けるかどうか興味の有るとこです。 損をしてる人達が記念に手元に置きたいから株券が欲しいと言ってるらしいけど、何しろ一株を千に分割して売ってる関係で、ブツ無しのネット上での売買だから肝心の株券が無いと言う状況で、これから新しい株券を印刷しなければならずと、大分時間の掛かる大変な仕事が残されてるようです。 株は大儲けして喜んでいる人も居れば、其の陰で大損をして泣いてる人も居ると言う残酷な世界です。 でも損をしたから国の政策が悪いと言って直ぐ裁判だの何だのと言うのもちょっとおかしな話のような気がするのです。 儲かった時は素知らぬ顔をして損をしたら誰かのせいにするって、何でも勝負事にはリスクが付いて回るものだとおもいます。 ごく普通に事が運んでる場合は問題が無いのです、でも新株発行になったり、配当金を貰うとなると名義変更とか結構手続きが面倒なのです。 配当金の授受の手続きをしたら株券の裏に自分の名前が書き加えられ、本当に自分が株主になった自覚が湧いてきます。 昔の株主は配当金や増資で新株が増えていく事で悠然と構えていたのに、最近は投資目的でなにが何でも儲けなければと必死な形相でゆとりってものが無いように思います。 一夜にして大金持ちを夢を見るのは良いでしょうが、又一瞬にして夢が壊れ、信用取引等していれば、とんでも無い借金が残され悲しい運命が待っているのも株の恐いとこです。 前にもこの場所で書いた事がありますが勝負事はそこそこにしないと人生その物が失われるような危惧を感じてるのは私だけでしょうか?。 昨日何十年振りかで、ホーリーブスのメンバーの歌を聞き、見たのです。
あの若かくて格好良かったグループがおっさんになっても結構元気に頑張って唄ったり踊ったり、トンボ返りをしたりと大活躍、平均年齢45歳だと聞きましたが皆さんお元気そうでした。 4チャンネルのTV放映だったのですが、何と昔のお嬢さん達が黄色い声援を送っていたのには吃驚です。 一曲だけ唄うらしいのに前の晩から来て待ってる人、遠方から駆けつけたファン等数百人で埋まってました。 驚いたのは電池を使った電飾を派手にピカピカ点滅させての応援です。 頭から躰に迄、所狭しと☆☆マークを付けてるさまは完全に乙女の頃にタイムスリップしてるとしか思えないのです、日常生活を忘れて本当に楽しそうでした。 世の中大騒ぎしてるのはヨン様ファンだけかと思いきや、何のその色んな歌手、俳優などに思いを込めて追い掛け回ってる人達が居るんだって改めて知りました。 何処の旦那様も理解があるのか、気持ちよく送り出してくれてるとか、奥様の権力が強くなった事も一因だとはおもいますが如何なもんでしょう。 私も杉良太郎の遠山の金さんを見て、杉様のファンになったのです、実演も何回か観に出掛けました。 今はあの方がお年を召されて若さが無くなると共に段々熱も冷め、今ではあんまり興味がありません。 こんなのは本当のファンじゃ〜無いと自分でも分かってます。 今はどんなに格好良い人もやがて老人となります、うまく移行して行ってくれると良いのですが、がっかりするような姿にだけはなって欲しくないと思います。 往年のスターだった人は、やはり夢を売る商売なのだから綺麗に歳を重ねていってくれる事を望みたいです。 こちらも老人になるのに何故か現在のスターがどう老いて行くかとその姿を見届けたい衝動に駆られます。 大分前に買い置きしていた箱入りのシチューのルーが賞味期限がきてるので、初めて作る事にしたのです。
娘が作って食べさせてくれてたのは多分クリームシチューだったんでしょう、白くとろりとして美味しかったのに、今日私が作ったのは茶色くて何だかサラサラとしてるんだけどこれで良いのだろうか?。 「コクのある まろやかな味わい」○○○おばあさんの欧風家庭料理、らしいけど私の作り方に問題があるのか、想像してた物とは全然違うのです。 大体茶色の液体は何なんだ?今まで味わった事の無い初めて経験する味だし。 時々TVで芸能人同士がお料理対決をして上手に作ってるのを見る度に感心させられます。 見た目も綺麗に作り、美味しいらしいので、なんでも出来る人達なんだって。 私は長く生きていても十年一日の如く唯、安穏と無意味に過ごしてる事に何だか恥ずかしく思います。 強いて自慢出来る事は必ずと言っていいほど手を抜かず栄養のバランスを考え手作りをする事です。 面倒臭いからと出来合いの物を買って済ますなんて事はしません。 残念な事にお料理って言うには情けない物しか作れません、何か工夫をすればきっと良い物が作れる筈って分かってるけどセンスの無い悲しさ、来世に期待しましょう。 恥かしい話になりますが数十年前、ある日娘が気まぐれにお料理を作ってくれた事がありました。 一口食べて、どう作ればこんなに不味く出来るのだろうと思うくらい酷い物でした。 結婚話が持ち上がった時、内心困った事だ、何の取り柄もないのにせめてお料理だけでも上手だったら何とかなるのに、どうしょうと親は心配したのです。 結婚して暫くして訪問した時です、娘の手作り料理を食べて吃驚しました、品数も多く美味しいのです。 やれば出来る物だと感心すると共に、無駄な取り越し苦労だったと安心したのです。 私みたいな親が下手に教えるより自分なりに考えて作るほうが良い物が出来ると思いました。 材料一つ切るのにもイライラして「もっと早く手を動かしなさい」って指図してた私が今では反対に指図される立場になり何だか頼もしくさえ思えるのです。 でも毎日の献立には悩んでるようで大変なようです。 | カレンダー
プロフィール
HN:
M子
年齢:
94
HP:
性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
DVD観賞
自己紹介:
05年10月10日から09年8月17日にかけての旧「M子のお花畑」の保管庫。
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