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旧ブログのログです
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昨夜の出来事です。やっと眠りに就いたと思った頃にメールの着信音が鳴り出しました。時間は午前三時で、こんな深夜に誰からだと見れば姉からです。一体何事だと開けて見たら、件の処にテストメールとだけ有り、本文の処には<このメールには本文がありません>と出ています。昼間に私宛のアドレスがワンタッチで送信出来なくなった騒いで居たから、眠れない侭にテストをしたんだなと思っていたら、何と一分置きに三回に分けて着信音が鳴りました。
一回目は本文無しで二回目は件に何も無しで本文の処にテストメールと書かれていて、三回目は件も無しで、本文も無しと出て居て色んな事を試していたようです。姉は自分が難聴で聞こえないから妹が迷惑してるなんて気付いて居ないのでしょう。毎朝必ずお早うメールを交換する文の中に「夜中に送信を受けましたが又メールの具合が悪そうですね」と返信したら「姪にやり方を教わったから自分でセット出来るようになりました。失敗する度に得るものが有ります」と得意気な様子で返信して来ました。 本当は気易く夜中にテスト送信をしないで欲しいとの願いを込めて言ったつもりが全然通じなかったようで、同じ親から生まれた姉は私と違って判らない事が有れば自分が納得するまで追求しないと気が済まない性格のようです。探求心が強いのは良いけれど此方に累{るい}が及ぶのだけは勘弁して欲しいと思っています。ワンタッチの方法をマスターしたと言うから今後は夜中のテストメールで起こされる事が無いと思うと安心して眠れそうで嬉しいです。 PR 昨日の朝、始めてセミのけたたましい鳴き声を聞きました。今朝は余りの蒸し暑さに目が覚めて室温を見れば暑い筈だわ30度も有ります。いよいよ夏本番の到来を肌身に感じながら思うのが、暑い日は家に閉じこもって居るよりは外に出た方がよっぽど過ごしやすいようです。外の風に吹かれるのも良し、スーパーに買い物に行くも良し、乗り物で遠方に出掛けるのも夏を快適に過ごすのには良い方法だと思います。
街に住む賢い孤独な老人はデパートに行き、日がな一日無料で座れる椅子を占領して動こうとしません。目の前を行く通行人をぼんやりと眺めて居るだけで結構楽しいし、夏は涼しく冬は暖かく過ごせて退屈しないからです。是も都会に住んでればこその話で、郊外に家族と共に住んで居る人は、一人になりたくても出掛けるのには電車賃がバカにならなくて断念しなければならず本当にお気の毒だと思います。 其の点、何時も言うように大阪市内に住む老人は乗り物は敬老乗車券で公の交通費が無料で利用出来るから、車内はやたら高齢の乗客が目に付きます。老人は元気そうに見えても足元が頼り無くて転ばれると後が厄介だからでしょうか、ひつこい程に停車するまで立たないで下さいと繰り返しアナウンスが有ります。昼間に大挙して移動できるのはと言うよりも、出歩けられるのは暇を持て余している老人だからこそだと思っています。最近は特に老人の姿が目立つようで何だか肩身が狭いです。と言いながら高齢でも夏は人並みに暑いので涼しい過ごし方を其れなりに模索{もさく}しています。 自民党の偉い方が宮崎県の東国原知事を訊ね、今度の選挙に立候補を要請する為に出向いて行ったり、呼び寄せたりして居るニュースを見ましたが、党内外からも顰蹙{ひんしゅく}をかっているようです。私は先日三国志を拾い読みした後だからか、劉備玄徳が諸葛孔明の処に行き二度留守で逢えなくて、三度目に逢えた時に軍師になって欲しいとお願いした”三顧の礼”の光景が甦ってきました。ちょっとレベルが違い過ぎるかなと思っています。
”三顧の礼”{さんこのれい}とは礼を尽くして賢人を招き入れることだそうで、玄徳は”三顧の礼”を尽くして稀代の名軍師を得る事が出来ました。今、日本中で知らない人が居ないくらいに宮崎県の知名度を上げて有名になった東国原知事の人気に縋{すが}って衰退した自民党を建て直そうと焦って居るように見受けられて情けないと思います。国民からも沢山の批判を浴びて混迷している姿を見せられるのはいい加減勘弁して欲しいものです。 知事は国政に参加するのは今がチャンスだと大乗気のようですが、霞ヶ関には古狸{ふるだぬき}がうごめいて居て、其の中に入って自分の信念が貫ける程甘くは無いし簡単に事が運ぶとは我々素人が考えても分かることです。国民は岡目八目{おかめはちもく}で良くも悪くも見ています。今までに一時の人気で首相になったは良いけど任期半ばでどれだけの人が消えて行ったか、東国原知事は世間一般に時期尚早と言われて居るのだから、もう少し経験を積んでからの出馬を考えれば良いと思います。と生意気な意見を語らせて頂きました。 近頃は婚活と言う言葉をよく耳にするようになって、数十年前に流行った歌を思い出しました。「出しゃばりおよねに手をひかれ、花子は太郎の嫁になる」と言う歌詞で、花子は自分の気持ちを知りながら出しゃばりの小母さんに薦められた太郎の処にお嫁に行ったと嘆いている詩なのですが、昔は近所にお節介な小母さんが居て年頃の男女の仲を取り持っては結婚を成立させてたものです。
最近は他人の事に成る可く関わらないようにと、仲を取り持つ人が少なくなったような気がします。結婚させて上手く行けば当たり前で、悪ければ後のゴタゴタに巻き込まれるのが面倒だから避けているのでしょう。本来ならば紹介して頂いたら結婚後は自分達の責任の筈だと思うのに何故か紹介者が恨まれるようで、うっかり紹介も出来ないような気がして、と言うのも今時の女性になまじ生活力が有るから辛抱と言う言葉が通用しなくなっているのも一因だと思います。 女性が常に求めるのは相手の年収と親との別居に加えて結婚してより幸せになりたいと願うようです。或る男性のとても印象的な言葉が「この人となら苦労が出来る」と言って結婚するべきで、始めから幸せを求め過ぎると嘆いていました。リストラを心配しながら働いている男性は年収ばかりを言われたら益々結婚から遠退くし、女性も高望みしている内に婚期を逃すという悪循環で40年後には4人に1人が生涯未婚になるという統計が出ているようです。益々少子化が進むような気がして心配になって居ます。 人間、普通に生活して居る分には自分が何時死ぬかなんて考えて居ないと思います。誰もがまさかと言う事件に巻き込まれると否応無しに死に追いやられるから恐いです。奈良の高校生も朝機嫌良く学校へ向かっていたのに同級生にいきなり殺されて、ご本人は勿論の事ですが、ご両親もビックリされたでしょうし悲嘆にくれていらっしゃると思うと本当にせつないですね。
パチンコ屋の放火もそうです。何の関わりも無い人達を無差別に殺してしまった行為は許せません。一時の感情で行動を起こしたと思いますが、誰にも人の命を奪う権利は無いはずです。最近のニュースを見ていて、親が子を子が親を殺す事件が多くなっているようで嘆かわしく思います。大した理由も無いのにまるでゴキブリでも殺すように平気で人の命を奪ってるようなのが少し気になります。 昔から殺人事件は有りましたが、それなりに止むにやまれぬ事情が有ったようです。今は取るに足らない事で簡単に人を殺すのを見ていて今更のように幼い頃からの教育の大切さを感じます。昔は学校で修身教育が行われていました。今では道徳と名前が変わっているようですが、親はお受験教育に熱を上げるより先に家庭教育にもっと力を注ぐべきでは無いでしょうか。 戦時中は生きたくても戦火の中で死んで逝った人が大勢居ました。戦後の教育を受けた人達は余りにも命を粗末にし過ぎのような気がします。自分の命も他人の命も、もっと大切にしなければいけないのです。何時も言うように、殺人事件だけで無く警察沙汰になるような事件を起こすと自分だけでは済まなくて、加害者・被害者の近しい周りの人々に、大きな悲しみと迷惑を掛けることを自覚すべきだと思います。 | カレンダー
プロフィール
HN:
M子
年齢:
94
HP:
性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
DVD観賞
自己紹介:
05年10月10日から09年8月17日にかけての旧「M子のお花畑」の保管庫。
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