×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

|
旧ブログのログです
| |
イラクにはクルド人20%、シーア派60%、スンニ派20%と居るらしくフセイン元大統領はスンニ派で其の時に虐殺されたりしたシーア派が今仕返しをして無差別に殺人を犯していると聞きました。
ビンラディンやザルカウィもスンニ派とか、スンニ派には指導者が居ないから物事をバラバラに勝手に決めるので自爆テロ等があちこちで起きています。 シーア派は知的解釈をしてピラミット型に形成され、困った問題が起きた時にはトップが決断するのです。 イラクの民衆はアメリカに怒りを覚えていると聞きました、何故かと言うトアメリカが引き上げた後に国が収拾が付かなくなればとの心配、アメリカが残って平和がやって来れば何をやったんだと批判されるし今進退窮まってる状態らしいのです。 独裁者のフセインの時代は何でも良いからバンザイと言って居れば食べていけたし生活が出来て少なくとも死なずに済んだのに、今は何時命を失うかと安心出来ない毎日を送る日々が続いています。 それとよく似ているのが北朝鮮の国民です、テロで殺されるので無く毎日の食料が口に入らずに餓死していくのと果たしてどちらが良いか死んでいく恐怖に変わりが無いように思われます。 此処までは評論家なる人の受け売りを私成りに解釈して書いてみましたが、もし間違ってたら御免なさい。 難しい問題は解りませんがニュースで知る限り、イラクでは毎日のように爆弾テロで多くの人達が亡くなっているのを聞くと早く平和が来る事を願わずには居られません。 世界は一つって言葉を耳にした事が有りますが、本当に全ての人達の上に幸せが訪れてくれたら良いのにと思います。 PR お昼頃に思い立ち梅田方面に出掛ける事にしました。
何時も足を運ぶお店に寄って出されたコーヒーを頂きながら年寄りの悪い癖で、あちらにしたら耳にタコが引き擦るくらいの同じ話でご迷惑を掛けてきたと今更ながら反省してます。 折角出掛けて来たのだからと阪急デパートの上階に上がって行きました。今日の催しはイタリアの食べ物やアクセサリーとか衣料品等でした。 先ず目に入ってきたのは生ハムです美味しければ買おうと試食をしてみました。{今いちの味だね} 今度はワイン売場の行列を見てこれも美味しければ買ってみようと取り敢えず試飲をしてみて、やっぱり私にアルコールは向かないなと止める事にしました。 薄く延ばした生地のすみに何やら白い練った物を置き包み込んで三角にして油で揚げた物を売ってました作ってるところを見ての感想は、原料の割にお値段がお高いような気がしました、日本では売られていない珍しい物だから一度買ってみても良いかなと暫く悩みながら人の買うのを眺めていたけど止めました。 並んで迄買う人も居るのに人間が小さいのでしょう思い切りが悪いのです。 アクセサリー売場でも目を凝らしてウインドウの中の品物とお値段を見ては、買いたいけど手の届かない焦りを感じながら情けない思いで通り過ぎるのでした。 或る売場で見たのは売ってる人、買う人もセレブって感じの人のやり取りです、クロスのネックレスを孫にプレゼントするらしく薦められる侭に「じゃ〜これを綺麗に包装して下さいな」って六万数千円を払ってる 高齢らしき女性を見てアクセサリーは好みが有るだろうから現金を貰って自分で買う方が良いのになって余計な心配をしてたりして。 衣料品もお値段が張り、此処で分かった事は私にイタリアは遙か遠い国で、あんまり行きたいとは思えない気がしました。 結局何も買う事も出来ずに地下の食品売場へと、やっぱり私には此処がお似合いです。先ず、にぎり寿司を買い豆大福と普通のお餅を買って大満足で家路に向かいました。 阪急で結構買い物をするのに其の度にポイントカードの有無を聞かれるので、とうとう今日作って貰いました、これで又ポイントを貯める楽しみが増えて嬉しいです。やっぱりせこい性格なんでしょうね。 昨年はプリンターの誤作動が続き年の瀬も迫り仕方無く年賀状は全て手書きで出す事になりました。
新年早々ムクの手を借り正常に直して貰ってから以後使う必要も無く放置したままだったのです。 去年の轍{てつ}を踏まないように少し早いけどと今日試作動してみたら色が出ません、あ〜インクが切れたんだと新品と取り替えて印刷をクリックしたのにどうした事か綺麗な色が出ないのは何故なんだろう。 此の数年の年賀状は我ながら上出来で、自慢するくらいだったのにどうした事かこの頃はレイアウトが思うようにいかないのです、差し出す人それぞれに絵や文を変えているつもりが何故か意地を張ってるかの如く一枚目と同じ画面が止めどもなく印刷されて出てきます。こうなると私の手に負えなくなり電話でお助けマンにお出ましを願わなければなりません。 世の中は皮肉ですね、暇人は何の技も持たなくて唯ぼんやりと日がな一日暇を持て余して居るのに、何か特技を持ってる人は当たり前の話、多忙を極めているのですから、其の頭脳少し分けて欲しいです。 今PCを前にして腕を組んで睨み付けて溜息をついてる自分に腹が立ちます。折角思い立ってやりかけたのに出鼻を挫かれた思いで悔しいですが諦めも肝心でしょう。 今、問題になっている臓器移植がすごい悪い事のように報じられていますが、これは賛否両論が有って当たり前だと思います。
病気の事は詳しく知りませんが、ず〜っと以前の話で子供の同級生のお子さんの事を少し書きます。 其のお子さんは少し肥っていて顔も丸々とした可愛い坊やでした。健康そうに見えるのに学校も休みがちだったのが不思議に思えて、さぼってる位にしか考えなかったのです。 あまり親しく無かったのですが何かの時にお母さんが話された事が今でも印象に残っています。 此の坊やは腎臓が悪く尿が出にくいからお水を飲む事さえ侭ならないと聞きました。水分をとると躰がむくんで本人はとても辛いと言います。 その時は他人事で、”あ〜大変な苦労をしてる人も居るんだ”くらいでした。 現在、自分の躰が衰えて来て初めて患ってる人達の事を遅蒔きながら理解しようとしています。 問題になっている移植の事ですが、患者さんは腎臓を取る事で楽になれるのなら早く取り除きたいのが人情でしょう。本人には害の有るその腎臓が他の人の役に立つのなら大変結構な事だと思うのが当然です。 此の行為が医者として倫理に違反すると聞いて何だか納得がいきません。躰のどこかが悪いととても憂鬱なものです、取り除いて貰った人は機嫌良くくらせるし、貰った人も少しでも楽になれば八方丸く治まって良い事のように思うのはいけない事かしら。 私は五十代くらいから靴を履くと足が痛みだし段々酷くなり今ではスニーカーしか履けなくなり、何時まで自分の足で歩けるかが不安になってきています。 ある時足が酷く痛んだのです、その時痛みから逃れる為に痛む足首から先を切り離したいと真剣に思いました。でも今では切り離さなくて良かったって思うから腎臓を取り除いた患者さんもちゃんと治して元に戻して欲しかったと後悔をしているのではと改めて考えさせられる大きな問題だと悩んでます。 ポンペ病と言うのは背骨がうしろに湾曲していき、其の為肺を圧迫して呼吸がし難くなり、とても苦しいらしいのです。二十歳くらいまでしか生きられない難病だと知りました。
これは外国での話です、或る夫婦が子宝に恵まれずに養子を迎える事となり女の赤ちゃんを引き取り二人で可愛がって育てていました。 段々成長して行く内に他の子供に比べて発育が悪い事に気が付いていましたがある日の事、普通に転んだ程度なのに複雑骨折したのを診た医師からこのポンペと言う病名を告げられた上に治療法が無い事を知り驚いたようです。 何とか娘を助けたい気持から夫婦で資料を集め数少ない研究者を世界中から探し出して声を掛け、一同に集まってもらって治療法の開発に成功したのでしょう。 お嬢さんは六年前に手術を受け湾曲していた背骨は真っ直ぐになって車椅子生活では有るけれど現在は二十三歳で大学院に通い将来は弁護士を目指して頑張っているようです。 何かの縁で養父母の元にやって来た此の子供は本当に良い人に巡り会えて良かったと思います。 自分のお腹を痛めた子でなくても必死になって子供の命を救おうとする親もいるのです。 それに付け今ニュースの話題にのぼっている産みの親はどうでしょう、我が子を虐待して平気で溝に捨てるのだからホント信じられないです、母で生きる事を放棄して女として生きたかったのでしょうか。 話題を変えます。一度無くした命はリセット出来ないのだと今の子供達は認識してるのか疑いたくなるくらい自殺者が増えてるように思いますが何も虐められながら命がけで学校に行かなくても不登校で居るほうがよっぽど良いに決まってます。死んだら負けです。 学校で学ばなくとも社会に出てから自分の進むべき道を決めてから学んでも遅く無いって事を家人も言ってやれば良いのにと思います。 命の大切さを教える立場の先生までが次々に自殺しちゃ〜駄目だろう、死を選ぶ前に何かする事が有るのでは?死ぬ覚悟で立ち向かえば解決の道が開けそうに思うけど、物事そう簡単に片付かないから厄介なのかも。 | カレンダー
プロフィール
HN:
M子
年齢:
94
HP:
性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
DVD観賞
自己紹介:
05年10月10日から09年8月17日にかけての旧「M子のお花畑」の保管庫。
最新トラックバック
フリーエリア
ブログ内検索
P R
|