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夫婦喧嘩は遠慮せずにはっきり言おう

親戚の紹介で見合いをして、結婚を前提としての付き合いが始まった。
半年程の間、神戸、大阪と行き来して逢う度にお互いの事をよく喋った。
それは結婚してからも変わらなかった、眠らず語り明かした事も、今になって何を喋っていたのか思い出す事は困難だけど、多分、一日にあった事やら感じた事を話していたような気がする。

交際中、直感した事は、この人と一緒になればきっと幸せになれると、私の感は間違って無かったようだ。
長い年月には嫌な事も多々有ったが、そんな時は思ってる事は全部吐き出す、それも興奮してきたら大声も0K但し相手を傷付ける言葉は言わないようにそれが暗黙の了解だったように思う。


新婚当時は喧嘩をしたら何故か外出して、多分気持ちを落ち着かせてるんだろうが、必ず外から、さっきは悪かった、と謝りの電話を掛けてきていた。
どんなに派手な喧嘩になっても決して暴力は振るわず
鬼籍に身を置く迄、芯から優しい人だったと懐かしく思い返している。

乗り物に弱い子供達が小さい頃の旅行は数える程しか行く事は無かったが、皆独立したのを機にあちこちと旅をするようになる、少し気難しいところがあって、やはり夫婦も長年やってると若い時とは違った喧嘩をするホテルの部屋で何時ものように派手にやらかす。
私達の喧嘩は長くて二時間程、すぐ仲直りはするが帰ってから蒸し返して、これからは此処と此処を直してくれないと二度と旅行はお断りだと宣言する。

ほとぼりの冷めた頃、気の良い彼は旅行のパンフレットを片手に持って帰ってくる、これ又、気の良い妻も共に旅行社へと、何度か繰り返してる内に快適な旅へと変わって行った、お互いの意見は認め合う事が大切だと思うが、人それぞれだから誰にもと言う訳にはいかないのだろう。

世の中にはお喋り好き、無口、我が侭な人、暴力を振るう人、残酷な人、酒乱、と様々な人種がいるが、結婚も宝くじのような物だと近頃感じるようになった。
今振り返って見て、お金にはあんまり縁が無かったように思うが食べる事に不自由した事もなく、これが私に与えられた運命だったとしたら、出来過ぎの人生だと感謝したい。

此の、ご時世まだ結論を出すのは早過ぎるとは思うが
今のところ、一応此処まで無事に生きてこれた事を有り難く感謝したい。
今流行の出来ちゃった結婚をするのは止めて欲しいと思うお互いがいっぱい会話して自分に合ってるかを見極める事をお薦めしたい。
愛する子供の人生を駄目にするのは両親の不仲から離婚へと進むケースだから。
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飼ってみて、初めて知った小鳥の生態

我が家で初めて飼った小鳥が卵を産んだ時は、卵が孵るのを毎日耳をすませて待っていたが何日か経った頃中から可愛い鳴き声が聞こえてきた時は、感動もんだった、そっと覗いて見る、まだ薄ピンクで小さくどっちかと言うと気味の悪い生き物が五羽ほど、覗く度に小鳥らしくなってくる。

母鳥が時々出てきては糞をするのだがそりゃ〜どばっと何時もの十倍は出して又巣箱に戻る。
そこで気が付いたのだが、巣箱の中は糞一つ落ちてなく綺麗な状態に保たれていて、よく面倒を見ているのをみると、今の人間界のとんでも無い親より偉い気がする。

有る程度羽根が整い小鳥の形態をなした頃、親鳥から離し、買ってきた藁で作った蓋付きの入れ物に移して
これからの世話が大変になる、誰に頼まれたんでもなく、本を読んだら手乗りにするにはって書いてあったので実行したまでの話。
餌をお湯で柔らかくして、一羽づつ手で持ってスプンで餌を与える、胸のところが皮が薄いのか餌が透けて見える、胸がいっぱい膨らむまで与えると満足して眠るが、三時間くらいで又ピーピー鳴くので、と言うのが暫く続いてやがて歩くようになると、人間の後を追うようにして付いてくる。

同じ小鳥でもすずめはちょんちょんと両足を揃えて前進するがセキセイインコは足を互い違いに出して歩行する事が分かった。
飼い主の顔と他の人の見分けがつく事も、小鳥達にもそれぞれの性格が有るって事も分かった。
植物でも生き物でも言える事だが手を掛けて世話をしてると何でも愛情が湧いて来るもんだと教えられたような気がする。
可愛かった インコのピーコちゃんの話

或る夕暮れ時、洗濯物を取り入れようとベランダに出た、けたたましい鳴き声が、一瞬驚いたが、見るとクーラーの隙間で小鳥がこっちを見てる。
私は何が嫌いって飛ぶものは全て恐かったから当然無視して家の中に入った。
息子が学校から帰ったからその話をすると、ベランダに出て行って、小鳥を手にして入ってきた。
それがピーコとのお付き合いの始まりだった。
大きめのゴミ入れの底で時々羽根をばたつかせてる小鳥を捨てろとも言えずに、高校の通学路に有る近鉄で鳥かごと餌を買ってくるようにマネーを渡してる甘い母親だったのです。

きっとお腹を空かしてるんだろうけど何を与えればいいのかも解らずひたすら息子の帰りを待った。
小さい鳥かごと餌が用意出来て、今日から家族の一員になった小鳥に何とも言えぬ愛情が湧いてきた。
餌を食べ元気になったピーコは人なつっこく手にとまる事が分かった、何処かで飼われてたのが逃げ出したのだろうが取り敢えず我が家の子にする事にした。

息子は趣味が多くてサボテン、さつき、鯉、熱帯魚、金魚、ハムスター、何でも来いって言う程はまる子で
感心するのは必ずその物の本を買ってきてじっくりと研究するんです。
ある時は金魚の卵を孵化させ稚魚がいっぱい孵ったけど半月程して全部駄目にした事もある。

ピーコはオスだと嘴の色で分かってたので、或る日、
友達からセキセイインコのメスを貰ってきた。
今思えば怪しいもんだ、オスだけじゃー可哀想とメスの小鳥を買って来たのかも。
そうすると鳥かごが狭くては不自由だろうと又親馬鹿を発揮して一番大きなのを買って来るようにと鳥かご代を渡した。

当然夫婦になった鳥はやがて卵を産む事になる、そこで今度は産室になる巣箱を買ってきてかごの中に入れる、気になって時々巣箱の中を覗いて見る、五個くらい産んで温めてるが孵る気配がない。
大分経って無精卵だと分かった時は何だかがっかりしたが、このピーコなかなかの精力絶倫で頻りに交尾を迫りそれからは、何十羽の子孫を残したことか。

ピーコが独身の時は、おいでって手を出すと飛んできて手に止まったのに産卵の時期はメスに近ずくと襲って来た時期もあった。
卵を温めてるからかごから外に出さなかったら足で餌を掻き出して暴れまくった。
此のピーコも十五年ほどの寿命で息子の手で土にかえっていった。
家族の皆がピーコにどんなに癒された事か、もう十三年前くらいの想い出である。

産まれた小鳥達は三時間置きにお湯で戻した餌をスプンで与え皆、手乗りインコにしてあちこちのお宅に貰って頂いた。
その内の一軒でも十六年程生きていて可愛がって貰ったようだ。
中でもお喋りするインコも居たようです、息子に振り回されて、仕方なく生き物から植物まで世話をしてきましたが、やってみると知らなかった事が経験出来て良かったとおもってます。
子供の頃の父の想い出

東京で父母、姉兄私の五人の生活を送っていた。
{十、八、五歳}上の子が学校へ行ってる間に
母と私は神戸から迎えに来た祖父に連れられ家
を後にした。
原因は父の女性問題にあったようだが今思うと
残された子供達は精神的に酷く傷付いた事だろう
近くに住む父の従兄弟が子供達の世話を引き受け
てくれたり、父の二号さんだった人とその母親が
同居して子供達の面倒を良くみてくれたと聞いて
いる。

一年程して親戚の人が間に入り私達は東京に戻る
事になるが父母が共に住む事は無かった。
父は神田の神保町と新橋に料理屋を経営していた。
神保町の店は二号さんに任せていたが二階はお座敷
一階はテーブル席とカウンターとかなり、流行って
いたようだ。
奥が住まいになっていて、当時では珍しい内風呂も
付けて父は亡くなる迄そこで生活していた。

新橋の店は少し小さかったが、板前さん二人、洗い
の人、お運びさん六人程、責任者の女性{多分愛人}
が働いていた。
すぐ近くに私達親子の住まいがあって、時々父が顔
を見せてくれるのが嬉しかった。
本当は子煩悩で横浜の中華街に食事行ったり、銀座で
洋服を誂えてくれたり、郊外に遊びに行ったりと数える程の想い出しかないが、私の中ではとても濃い記憶
として懐かしく残っている。

何時見ても三つ揃いのスーツを着て金縁のメガネ、鼻
下に髭をたくわえ、ほっそりとして、素敵な紳士だったように覚えている。
確かに商売上手だったんだろう、昔は甲斐性が有れば
女遊びは当然だったようで、潔癖性の母には耐えられ
無かったようだ。
新橋駅の近くでの生活だったから、夕方から銀座に
散歩に出掛けたり、日比谷公園に遊びに行ったり、
快適に行動出来てたように思う。

自宅の二階は父を頼って親戚の男子達が大学に通う
のにと神戸からやってきて何時も誰かが住み着いて
いたようだった。
面倒見が良かったから皆に好かれ、悪い評判は聞か
なかった。

その父が太平洋戦争開戦前夜、以前から躰を壊して
入退院を繰り返したいたのが急変して亡くなった。
父に怒鳴られたり、叩かれたりした覚えは無い変わ
り、躰に触れて甘えた記憶も無い。
何時も少し距離を置いて遠慮勝ちに接していたように
思う。
本当はうんと甘えたかったけど父も甘えて欲しかったのではと今更ながら悔やまれる。
時代遅れも甚だしい話で、年寄りの戯言と馬鹿にされてもしょうがないですね。
折角いっぱい書いたのに

子供の頃の想い出を書いてもうすぐジャストって
とこで一字を消そうとキイを押したのが悪かった
どう間違えたか長文が跡形も無く消え去ってしま
った、長嘆息をついても遅いのは解ってるけど、
忌々しいったらありゃーしない。

何だか書く気が削がれたと言うか、もうプログは
書かないぞって自棄ぱっちになって、と言いながら
今書いてるもんね、あの文章は何処へ行っちまった
んだろう、手を尽くして探したがとうとう見つける
事は出来なかった。
明日になって気分が良くなれば又調子に乗って書く
かも、ホント今日は最高の出来だったのに残念。
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プロフィール

HN:
M子
年齢:
94
HP:
性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
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自己紹介:
05年10月10日から09年8月17日にかけての旧「M子のお花畑」の保管庫。
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