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旧ブログのログです
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日本古来の技術がどんどんと消えて行きそうでとても悲しい事だと思います。誰もが何時かはお世話になる霊柩車も金ぴかは嫌がられる世の中になり、影を潜めて行くのだと聞きました。火葬場に向かう時に派手な霊柩車が通るのを道すがらの住宅の人達から敬遠されるから成る可く人目に立たないように黒の地味な長めの車に取って代わられて行くようです。
車社会になってから、人生最後の花道をみんなの涙で見送られながら棺桶に横たわり、此の世の最後にたった一度だけ乗せて頂ける霊柩車の金ぴかは姿を消していくのだとニュースで知りました。人それぞれで金ぴかを好む人も居れば、地味に行きたい人もいて良いのです。唯、高度な彫り物や金箔を貼り付ける技術が時代の波に押されて廃{すた}れて行くことがとても残念です。 今まで金ぴかの霊柩車は外側からしか見ていませんでしたが、テレビに映し出された車内には、細かい彫り物や装飾が施されていて素晴らしい芸術品だと感心しながら見ました。金箔を貼っているベテランらしき職人さんに記者が「此のお仕事をされて何年ですか」の質問に「未だ15年です」と、何の技術でも一人前になるには気の遠くなるような年月を要するようです。幸いと言うかモンゴルからの受注が有ると聞いて何となくホッとしましたが、日本特有の技術をこれ以上無くさないようにとお願いしたいです。 PR テレビを見ていて今日はお雛祭りの日だと気付くなんて私も耄碌{もうろく}したものだと思いながら、其の事を知人に伝えたら「そう言われたらそうだった、すっかり忘れていた」との返事が返ってきました。我が家にも数年前に百均で買った可愛らしいお雛様が居て一年に一回は出して飾っていましたが今年は出しそびれて可哀想な事をしたと悔やんでいます。
改めてカレンダーに目をやれば明後日の啓蟄{けいちつ}の日は誰からも無視されて居る筈なのにパソコン上ではきっちりと自動的に一才加えられます。当日は自分自身でさえすっかり忘れて二日くらい過ぎて思い出すことも有りますから。時々考え込むことが、新年のカレンダーに先ず孫達の誕生日を忘れないようにと書き込んで居る自分の姿が何だかバカみたいに思えることです。 私は親の立場からカレンダーに書き込まなくても我が子の誕生日は忘れずに、其の日には携帯にメールするか孫を通じて貴方の親の誕生日だと知らせるかします。贈り物では無くて、たった一言の言葉が大切だと言うことです。若い方達がこれから社会に出た時に一番心掛ける事の一つが言葉に出して伝えることだと思っています。心で思って居ても相手には絶対に通じません。但し良いと思ったことだけで悪口は慎むべきでしょう。 春が直ぐ其処まで来ているような気配がして、何時までも真冬の服でもあるまいと其れなりの衣裳を引っぱり出す事にしたのですが、買った侭放置して忘れて居た物もありで、何だか嬉しくなってあれこれと着たり脱いだりして楽しんで居たら思わぬ時間が過ぎていました。
何時も思うのは、寒けりゃとことん寒ければ良いし、暑けりゃうんと暑ければ其れなりの物が着られますが、中途半端な季節が一番厄介なのです。特に朝晩と昼の温度が極端に差が有る時が困ります。少し暖かくなったからと冬物を片付けて失敗するのが此の時期です。今は温暖化のせいで冬でもあまり雪景色を見る機会が有りませんが、半世紀前は春のお彼岸に吹雪いた記憶が脳裏に焼き付いて何となく不安が残ります。 今日も着る物を出して驚いたのが、数枚の上着がみな同系色でデザインも酷似して居ることです。多分無意識の内に自分の好みと合わせて無難な物を選んでいるからでしょうか。何と言ってもバーゲンで買った物ばかりだから流行遅れも良いところです。こんな時は年輩になると流行に左右されることがなくて本当に良かったと思います。自己満足しながら着てれば全て良しなんです。 シンガポール旅行の時にガイドさんに連れて行かれた宝石屋さんで訳の分からない金運の石だと言うネックレスを買った事は以前にも書きましたが、此の石を持った人が宝くじを買いに行き、高額を当てたと言うガイドさんの言葉をちょっぴり信じて数年ぶりに先日梅田に出た序でにグリーンジャンボ宝くじを買ってみました。その辺に置いていたけど気になって今日袋の封を開けて番号を見たけど当たらなそうな感じです。
宝くじの売り上げの半分近くが寄付らしいので当たらなくても良しとしなければと思っています。裏に書かれた当選金の一等が一億五千万円とか、滅多に買わない宝くじが易々と当たる筈が有りません。もっと良い好運を逃がさないようにしなければ、お金が全てじゃ無いんだからって、是は殆ど負け惜しみの考えです。 生きている内にとんでも無い好運に遭遇したい物だと誰でもが思うことのようで、目に見えて分かる好運と言えばやっぱり現金じゃないでしょうか。最近のニュースで折角二億円を当てたのに愛人の男性に殺されたご婦人がいましたが、ご自分が使うこと無くあの世に送られるのも悲しい話です。多くの人は当選発表の日まで淡い夢を見させてもらい、外れても今度こそは当てるぞと次ぎに希望を託すような気がします。私はシンガポールの金運の石の御利益がはたして嘘か真{まこと}かを試そうとして居るのです。 先日テレビでツイッターと言う言葉を初めて知りました。140字以内で自分のメッセージを送れるようです。鳥の群が一斉に動くのはお互いに意思の疎通が出来て居るからのようですが、人間にもコミニュケーションを取る能力が有るので自分の知り得た事を外に向かって発信して行ける場でも有るようです。
ツイッターはウエブのメッセージボードみたいな物で、本質的には自分の独り言や言いたい事を140字に纏める表現力が必要だと言っていました。友人同士が災害の人達を助ける為に送信したりとか、人間は基本的には善人で、一旦何かが起これば誰かの役に立とうするようです。これは鳥のささやきだと表現する人が居ました。 こう言いながらも私自身今一何の事やらさっぱり理解が出来ていません。只の受け売りだからでしょう。何となく人様のお役に立つ場所なんだ位にしか受け止めていません。賢い人には簡単に分かる事でも、悲しいかな難しいことを言われてもボンヤリと聞き流すしか脳が無いのです。疑問の有る方はご自分で調べられることをお薦めします。 | カレンダー
プロフィール
HN:
M子
年齢:
94
HP:
性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
DVD観賞
自己紹介:
05年10月10日から09年8月17日にかけての旧「M子のお花畑」の保管庫。
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