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旧ブログのログです
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公園に六十才代のおじさんを置き去りにした病院の職員が居たと聞いて信じられませんでした。糖尿病を患い入院していた全盲の男性が居て、医療費も払って貰えず、妻にも引き取りを断られて、困った職員が西成の公園のベンチに置いて行ったのです。
数人の職員の内の一人の良心が咎めたのか、消防に匿名で電話をした事で救急車が急行して他の病院に入院させたと聞きました。今時の日本でこんな事が起きてること自体、不思議な気がします。小さな子供が親に捨てられたと言う話は聞いた事が有るけど、大人のおじさんを置き去りにしたら直ぐばれると思わなかったのでしょうか。 それにしても此の頃の妻は何を考えているのやら、うっかりしてたら寝首をかかれて殺されるし、夫の働きが無いと判れば簡単に捨てるんだから、男性の生活力が如何に大事かと言う事でしょう。近頃の男性が結婚に踏み切れない訳が何となく分かるような気がします。金の切れ目が縁の切れ目とはこんな事なんだと変に納得してますが、理解に苦しむことが余りにも多すぎるようです。 PR 何時の間にかキッチンとリビングをつなぐカウンターの上に色んな物達が雑然と載り、積み上がっていきます。何とかしなきゃ〜と思いながら無視してきたのがそうもいかなくなったようです。
今度インターホンを付け替えるのに、カウンターの上の物を除けないと作業が出来ないようで、今日とうとう整理しました。物が除くとオフホワイトの綺麗で広い地が出てきて確かに綺麗です。問題は除けた物の行方です。邪魔物は何処に置いても邪魔で、と言って捨てられない物ばかりだから困ります。 此の調子で行くと現在住んでる範囲と物置状態の部屋とが同じ許容になりそうです。何年も開ける事のない衣装箱の中身、捨てればもっとすっきり生きられるで有ろうに、どうしても捨てられなくて、こんな性格の自分にうんざりしています。何処かに未練が残り捨て切れないのでしょう。取り敢えずリビング周りが綺麗になった事が嬉しいです。 数日ぶりに表の廊下に出て見れば、ガラス窓の外側に取り付けられてる窓格子が玄関前の向こう側に取り残されて居ます。余所を見るとみんなちゃんとはめられているのに、私んとこだけが置き去りです。内心穏やかでは無く、何でだろうと思いながら他の人に聞けば「そんなん絶対忘れられてるんやわ、そら言わなあかんのんとちゃう?」と言われました。
工事事務所に行って聞いてみました「ひょっとして忘れられてます?」其処で分かった事は「網戸をはめてから枠を取り付けます」と言っていたのを無視していた私が悪かったと気付いたのです。チャイムを鳴らして聞こうとしたのに居留守を決め込んで居たからでしょう。一時は「管理費も滞り無く払ってるのに何でやねん」と気を悪くしてました。決して口に出して言いません。その場はにこやかに「宜しくお願いしますね」と言って帰ってきました。 今朝もインターホンのリニューアルに伴って電波キーシステムで開閉の出来る設備の説明会が有りました。7000+登録手数料18000+消費税がいるようです。今迄はオートロックにキーを差し込んで開けています。無理に高い電波キーを購入する事は無いと、途中で退出しました。業者はここぞとばかりに攻勢を掛けてきます。出席者は男性が多くて買う気まんまんのように見受けられました。電波キーなんてどうでも良くて、取り敢えず窓枠を早く取り付けて欲しいだけです。 大阪、本町に有る神社で結婚式を挙げたのが丁度五十二年前の事です。とても寒くて当時、殆どの人が着用していた合オーバーを着てカイロを持ち、新婚旅行に出掛けたのが昨日の事のように懐かしく思い出され、底冷えのするとても寒い日だった記憶が甦ってきました。
今日、ほんの近くのお家まで行っただけで汗ばみ、うちわをお借りして扇いで涼をとるくらいに暑かったのには驚きでした。人数が多かった事も有りエアコンのドライを入れて下さって一息ついた感じです。私も家に居るときは夏とはあまり変わらない格好で過ごしています。天気予報の人が晩秋と言っておられたけど何だか実感が湧きません。 街行く人々の服装もマチマチで、綿入りのキルティングのコートを着てる人も居れば、半袖姿の人も、まるで夏と冬が混在しているようです。若い女性はマフラーを首に巻き付けて歩いていたり「何でもありかよ」と、着いて行けない感じがします。日本古来の”四季折々”なんて死語に近くなっているようで、これも温暖化の成せる業{わざ}なのでしょう。寒けりゃ寒いで嫌ですが、日本の冬はやっぱり寒くなきゃ〜日本で無い気がしています。 今日聞いたお話で思い出した事が有りますが、先ず仙台四郎のお話からしましょう。宮城県、仙台では仙台四郎の像を商売繁盛の神としてお祭りしているお店が沢山有り、飲食店の守り神として必ず祭られているようです。でっぷりとした着物姿の像でした。
此の人がどんな方かと言えば、知的障害で言葉も喋れなかったようです。家人からも相手にされず何時も街を徘徊していたのですが、常にお腹を空かせていたのを見て、心優しい周囲の人が食べ物を上げていました。度々訪れて居たお店が繁盛したので商売繁盛の神様と言われるようになったのでしょう。此の伝説が語り継がれているように、人々の暖かさが繁栄に繋がっているように思います。評判を聞き、下心が有って食べ物を上げようとしても寄って来なかったと言います。 又々昔話になります。戦時中に私が住む街にも障害を持った十代後半のお兄さんが居ました。歩く姿が何時も飛ぶような感じで両手をヒラヒラさせて、言葉としては喋れなかったけど、常に笑顔は絶やしません。街のみんなから「えっちゃん、えっちゃん」と声を掛けられて、とても愛されていました。町内会の走り使いを頼まれると、嬉々としてやっていた姿が目に浮かびます。今日、仙台四郎さんのお話を聞いて、子供の頃に好感を持って見ていたお兄さんが懐かしく思い出されたのです。 | カレンダー
プロフィール
HN:
M子
年齢:
94
HP:
性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
DVD観賞
自己紹介:
05年10月10日から09年8月17日にかけての旧「M子のお花畑」の保管庫。
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