×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

|
旧ブログのログです
| |
娘時代は肥り気味だったのが、人を好きになり痩せてから結婚して子供を産んでも、体重は元に戻って四十五キロくらいをキープしていた。
痩せたいとも肥りたいともあまり意識する事もなかったが、五十歳の子宮筋腫の手術を受けてから少しづつ肥り始めた。 其れより以前にあるDrから子宮を取るとホルモンのバランスが崩れ肥りますよって言われた事がある。 序々に体重が増えてきた事に気付くのが遅かったようで、躰の重みが足に影響を与えるようになってきた。 TVのCMを見てこれは良いかな?って思う器具があれば買いに行った、ジェルを塗った物をお腹に巻いてバイブレーションで刺激を与える、二本買って同時にやったら効果が有るかとおもったが、甘かった熱心に一年は続けたと思うが効果は少しも現れる事無く、今は無用の長物と化して眠っている。 体重は言うのも嫌なくらいだが六十五キロになっていた、勿論サプリメントも試してみたが効果は無し。 そこで気が付いた、何か物に頼って怠けてても解決はしないんだと言う事を。 既に足が痛み出してるから無理に歩くのは止めようと、先ず食事から、ご飯は成る可く摂らないようにして、副食は栄養のバランスを考えて一日二食にした。 心に決めてから躰を動かす事から初め、何処かに捕まって足を上げたり躰をひねったりと二十分くらい毎日続け、これは誰にでもと言う訳にいかないと思うが入浴時に湯船に二十分程つかり、躰を洗って十分くらいつかると汗が出て、これを一年程続けたら十キロ程体重が落ちて今は、二キロを上下に行ったり来たりの状態になっている。 無理をして痩せても、リバウンドしたら痩せにくい躰になると聞いてるのでゆっくりと減らせば良いと、私の経験をご披露しました。 私は怠け者だけど体重表だけは朝、昼、晩と几帳面に記入している、気軽に取り組めば結構長続きするもんです、もう一年半になりますが、今はほんの少しだけしか減りませんが焦りません。 若い方は足さえ良ければ歩くのが一番良いと思います。 先ず食事の前に牛乳かお茶かお水でもコップ一杯飲む と満腹感が違うのでは?私は甘い物が好きなので間食にチョコレート、や和菓子類を食べてますが、これもストレスを溜めない工夫だと自負してます。 この頃は体操もしなくなり、バランスボールを買ってきて気が向いたら転がして遊ぶ程度です。 こう書きながら一体私は誰に向かって言ってるんだと思いますが、誰かさんの参考になれば嬉しいなって。 現在は身長155、体重五十三〜四キロです。 ウエスト、腹周りは言えませんが、十センチ程減りました、今でも肥ってますが自分では、こんなもんで良いかって思うようにしてます。 PR もうこんなに年月が経ったんだと懐かしいような気がする。
五十歳に成った頃異常出血が止まらず、病院へ向かった、中年のDrが診察を終えた後、明日ご主人に来てもらって下さいって言われたので、帰って夫に行くように頼んだら、不安気に承知してくれた。 病院から帰った夫は疲れはてたと言う感じで、ホーム炬燵に入り横たわって、暫く何も言わない。 ひょっとして癌って言われたのかと心配したが、子宮筋腫で手術をします、貧血してるので、一リットルの輸血が必要だといわれたと。 夫はお腹を切ると言われてその事がショックだったようで先に自分が貧血をおこして倒れんばかりになって帰ってきたんだと後になって笑い話にしていた。 その前から腰の痛みが酷く、寝る事が苦痛で敷きふとんにムートンの毛皮を乗せてみたり、あれこれやってみても効果は無かった。 後で知った事だが全て子宮筋腫が原因だったようで、手術が終わってみたら腰痛は嘘のように治って、あの痛みは何だったんだ、そこで学習したのが躰の中が悪いと腰痛が起こると言う事です。 後先になったが手術と聞いて即入院はしなかった、娘の勤め先の上司が関係してる病院を紹介して貰うように頼んで、又違う病院で診察して頂いたら、確かに貧血はしてますが増血剤を出しますから一ヶ月程飲んで来て下さいと言われ、真剣に服用して再度病院に向かう、Drが言うには血色が良くなってオペが出来る状態だからと、いよいよ開腹手術をする事になる。 一時動転して何も目に入らなかったが、気分が落ち着いてくると、Drがハンサムと言うか渋い感じの中年紳士じゃん、娘も大ファンになった、勿論手術も成功したが、そこでこの頃気付いたのだがお互い男性の好みが同じである事、何故ならあの韓国のヨン様に娘が熱を上げてるが、私もちょっぴり?娘程でも無いが、とっても好きだから。 以前から輸血による事故があると聞くが、Drの判断で輸血せずに薬の服用で増血を薦めてくれた事を感謝している、事情に寄っては出来ない場合もあるだろうが私は幸運だったし、何かに護られているんじゃないかと思う事がある。 私は今、此の場所に居る事に悩んでる、孫の口車にホイホイ乗って書き始めたが、何も訳分からず思うが侭に突き進んで来たけれど、世間で言うプログとは違うのでは無いかと疑問を持ちはじめた。
或る日の主婦のプログは写真入りで子供やお弁当の中身を紹介している。 皆それぞれ高度な技術を駆使して頑張る姿を見たら何とも、こっぱずかしくって、凄く居心地の悪さを感じている。 取り敢えずボケが来ないようにとの配慮だとは思うが現在の私は成る可く外出を避けて、引きこもりに近い生活をしてるから、そうそう日常に変化が有るわけでなし従って話題も無いと言う何とも侘びしい日々を送らざるをえない故、さ〜そこで、老人の特技を発揮して過去の事は昨日の如く思い出し、旧〜〜い、そして くそ面白くも無い話題を書き並べるのは如何な物かと気付き始めた次第です。 年齢を重ねれば少しは何とか成るのではと期待しながら生きて来たけど、何とも成らなかった自分に笑えるのは何故かしら?、きっと与えられた器が小さくてその中を精一杯生きて来たから笑えるんだと思う事にしよう。 限られた人生、泣くよりも楽しく笑って生きて行けたら良いと常に心掛けるようにしているが、駄目なんだな〜、世間はそう甘くは無いんだよな〜。 本当、現実は厳し過ぎる、とか何とか言いながら字を埋めていってる厚かましさ、我ながら呆れるね。 折角、与えてくれた此の場所でもう少し頑張る事にしょう、途中で挫折なんてみっとも無いよな。 書いてる内に悩みはいずこへか飛んで行っちゃったみたいだよん。{又書きます逃げたりしないよ} 何年か前の冬、北海道の雪祭りに行く事になる、息子夫婦、子供達二人と私の五人で、行く前の準備、例えば服装、オーバーシューズに至るまでだ。
其れまで飛行機に乗った事の無い私は遠くに消えて行く飛影を見ながら、死ぬ迄に一度は乗ってみたいと思ってた夢が叶うのだから、とっても嬉しかった。 チケットの手配から全ての準備は{之より妻で無く彼女と呼ぶ}彼女がやってくれた。 関空から飛び立って、上空から下界を眺める、ワオッ すんげ〜、感激。 札幌に着く、ホテルに荷物を置いて大通り公園に向かい、雪で造られた大型の造形の展示物の真ん中を通りながら唯感嘆の声を上げるだけだった。 タワーにも昇って街の夜景を見渡すが、残念ながら思い出せないがきっと綺麗だったんだろう。 翌日、夕張に移動する、辺り一面かなりの積雪、駅につづくホテルに入る、設備の整った綺麗な部屋でくつろぐ、彼女、子供達はスキーの指導を受けるべく頂上にゴンドラで向かう、息子と私も共に乗せて貰い付いて行く、之を含め全部初めての経験だったので何だか嬉しかった。 頂上から見るとスノーボードやスキーの板を上手く操りながら滑降していく人々の姿を眺める事が出来た。 滑れない二人は下山してホテルから見える滑降の様子を眺めながら喫茶室でお喋りを楽しむ。 部屋から外を眺めると時が止まったような静かな銀世界が何処までも広がって行くような気が。 何時までも居座りたい気がするが、そうもいかずチェックアウトした後車で千歳空港に向かう、空港内に有るショッピングセンターがとても充実していたのにはちょっと驚きだった。 危うく迷子になりかけてドキッとしたが合流出来て皆が無事に帰ってこれて本当に良かった。 彼女のお陰で街を見物したり美味しい物を食べに行ったりと三泊四日の楽しい旅を懐かしく思い出しているが、まだあちこちと旅行に連れて行って貰ってるが又の機会に記す事にする。 トルコだったか、孤児を収容してる施設での出来事がニュースで流されていた。
其処で働く女性が幼い子供の互いの頭をぶつけ合わせて、あげくの果て突き飛ばしてる、別の人は叩いてる 風呂場らしき所では水をぶっかけてる。 正視出来ない光景が度々写しだされてる、何の抵抗も出来ない子供達に何て酷い事をするのだろう。 今、日本でも子供達の虐待が問題になってるが余りにも性に対しての教育がおろそかになってるから、安易に子供を産んで、子育てが面倒になったら食事を与えなかったり、気に入らなければ暴力を振るう、無力な子供は抵抗のしょうが無く、エキサイトした親に殺されて行くなんて、世の中が大分狂って来てるとしか言いようがないと思うのは私だけでしょうか。 昭和の時代は子沢山の家庭も多く、近所の人達が気軽に手を貸してくれて、子供が悪い事すれば怒ってくれるおやじさんが居て、表で子供同士で喧嘩もしたけど色んな遊びも覚えてワイワイと言って遊んで自然に人との付き合いを覚えていったものだけど。 こうなると教育問題に発展せんとしょうがないのか? 学校では教師はサラリーマン化して、親も悪いよね何かあると直ぐ学校にイチャモンをつける。 情熱を持って教えてくれようとしてる先生の鼻っぱしを折るようなバカ親が居るから、とんでも無い子供が出来上がるような気がする。 体罰も時には必要だと思う、虐待とは全然違うし子供を叱る時は真剣に向き合って話せば分かるんじゃ〜無いかと考えるけど間違ってるかしら。 兎に角、抵抗も出来ない子への虐待は到底許される行為では無いので、見ない振りをせず気付いたら手を差し延べて上げて欲しいと願うばかりです。 | カレンダー
プロフィール
HN:
M子
年齢:
94
HP:
性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
DVD観賞
自己紹介:
05年10月10日から09年8月17日にかけての旧「M子のお花畑」の保管庫。
最新トラックバック
フリーエリア
ブログ内検索
P R
|